P--1 P--2 P--3 #1仏説無量寿経 #2巻上    仏説無量寿経 巻上                       曹魏天竺三蔵康僧鎧訳 #3序分 【1】 われ聞きたてまつりき、かくのごとく。ひととき、仏、王舎城耆闍崛山 のうちに住したまひき。大比丘の衆、万二千人と倶なりき。一切は大聖にし て、神通すでに達せり。その名をば、尊者了本際・尊者正願・尊者正語・尊者 大号・尊者仁賢・尊者離垢・尊者名聞・尊者善実・尊者具足・尊者牛王・尊者 優楼頻&M033685;迦葉・尊者伽耶迦葉・尊者那提迦葉・尊者摩訶迦葉・尊者舎利弗・尊 者大目&M020078;連・尊者劫賓那・尊者大住・尊者大浄志・尊者摩訶周那・尊者満願 子・尊者離障・尊者流灌・尊者堅伏・尊者面王・尊者異乗・尊者仁性・尊者嘉 楽・尊者善来・尊者羅云・尊者阿難といひき。みなこれらのごとき上首たるも のなり。  また大乗のもろもろの菩薩と倶なりき。普賢菩薩・妙徳菩薩・慈氏菩薩(弥 勒)等の、この賢劫のなかの一切の菩薩、また賢護等の十六正士、善思議菩 P--4 薩・信慧菩薩・空無菩薩・神通華菩薩・光英菩薩・慧上菩薩・智幢菩薩・寂根 菩薩・願慧菩薩・香象菩薩・宝英菩薩・中住菩薩・制行菩薩・解脱菩薩なり。 【2】 みな普賢大士の徳に遵へり。もろもろの菩薩の無量の行願を具し、一切 功徳の法に安住す。十方に遊歩して権方便を行じ、仏法蔵に入りて彼岸を究竟 し、無量の世界において等覚を成ずることを現じたまふ。兜率天に処して正法 を弘宣し、かの天宮を捨てて神を母胎に降す。右脇より生じて七歩を行くこと を現ず。光明は顕耀にして、あまねく十方を照らし、無量の仏土は、六種に震 動す。声を挙げてみづから称ふ、「われまさに世において無上尊となるべし」 と。釈・梵は奉侍し、天・人は帰仰す。算計・文芸・射御を示現して、博く道 術を綜ひ、群籍を貫練したまふ。後園に遊びて武を講じ芸を試みる。宮中色 味のあひだに処することを現じ、老・病・死を見て世の非常を悟る。国と財と 位を棄てて山に入りて道を学す。服乗の白馬・宝冠・瓔珞、これを遣はして還 さしむ。珍妙の衣を捨てて法服を着し、鬚髪を剃除し、樹下に端坐し、勤苦す ること六年、行、所応のごとくまします。五濁の刹に現じて群生に随順す。塵 垢ありと示して金流に沐浴す。天は樹の枝を按へて池より攀ぢ出づることを得 P--5 しむ。霊禽は、翼従して道場に往詣す。吉祥、感徴して功祚を表章す。哀れ んで施草を受けて仏樹の下に敷き、跏趺して坐す。大光明を奮つて、魔をして これを知らしむ。魔、官属を率ゐて、来りて逼め試みる。制するに智力をもつ てして、みな降伏せしむ。微妙の法を得て最正覚を成る。釈・梵、祈勧して転 法輪を請ず。〔成道せられし菩薩は〕仏の遊歩をもつてし、仏の吼をもつて吼す。 法鼓を扣き、法螺を吹き、法剣を執り、法幢を建て、法雷を震ひ、法電を曜か し、法雨を&M018329;ぎ、法施を演ぶ。つねに法音をもつて、もろもろの世間を覚せし む。光明、あまねく無量の仏土を照らし、一切世界、六種に震動す。総じて魔 界を摂し、魔の宮殿を動ず。衆魔、慴怖して帰伏せざるはなし。邪網を掴裂し、 諸見を消滅し、もろもろの塵労を散じ、もろもろの欲塹を壊る。法城を厳護し て法門を開闡す。垢汚を洗濯して清白を顕明す。仏法を光融し、正化を宣流 す。国に入りて分衛して、もろもろの豊膳を獲、功徳を貯へしめ、福田を示す。 法を宣べんと欲して欣笑を現ず。もろもろの法薬をもつて三苦を救療し、道意 無量の功徳を顕現す。菩薩に記を授け、等正覚を成らしむ。滅度を示現すれど も、拯済すること極まりなし。諸漏を消除して、もろもろの徳本を植ゑ、功徳 P--6 を具足せしむること、微妙にして量りがたし。諸仏の国に遊びてあまねく道教 を現ず。その修行するところ、清浄にして穢なし。たとへば幻師のもろもろ の異像を現じて、男となし、女となして、変ぜざるところなく、本学明了に して意の所為にあるがごとし。このもろもろの菩薩、またまたかくのごとし。 一切の法を学して貫綜縷練す。所住安諦にして化を致さざることなし。無数の 仏土にみなことごとくあまねく現ず。いまだかつて慢恣せず。衆生を愍傷す。 かくのごときの法、一切具足せり。菩薩の経典、要妙を究暢し、名称あまね く至りて十方を導御す。無量の諸仏、ことごとくともに護念したまふ。仏の所 住には、みなすでに住することを得たり。大聖の所立は、しかもみなすでに立 す。如来の導化は、おのおのよく宣布して、もろもろの菩薩のために、しかも 大師となる。甚深の禅・慧をもつて衆人を開導す。諸法の性を通り、衆生の相 に達せり。あきらかに諸国を了りて諸仏を供養したてまつる。その身を化現す ること、なほ電光のごとし。よく無畏の網を学して、あきらかに幻化の法を了 す。魔網を壊裂し、もろもろの纏縛を解く。声聞・縁覚の地を超越して、空・ 無相・無願三昧を得たり。よく方便を立して三乗を顕示す。この中下におい P--7 て、しかも滅度を現ずれども、また所作なく、また所有なし。不起・不滅にし て平等の法を得たり。無量の総持、百千の三昧を具足し成就す。諸根智慧、広 普寂定にして、深く菩薩の法蔵に入り、仏華厳三昧を得て一切の経典を宣暢 し演説す。深定門に住して、ことごとく現在の無量の諸仏を覩たてまつるこ と、一念のあひだに周遍せざることなし。もろもろの劇難と、もろもろの閑と 不閑とを済ひて、真実の際を分別し顕示す。もろもろの如来の弁才の智を得、 もろもろの言音を入りて一切を開化す。世間のもろもろの所有の法に超過し て、心つねにあきらかに度世の道に住す。一切の万物において、しかも随意自 在なり。もろもろの庶類のために不請の友となる。群生を荷負してこれを重 担とす。如来の甚深の法蔵を受持し、仏種性を護りて、つねに絶えざらしむ。 大悲を興して衆生を愍れみ、慈弁を演べ、法眼を授く。三趣を杜ぎ、善門を開 く。不請の法をもつてもろもろの黎庶に施すこと、純孝の子の父母を愛敬す るがごとし。もろもろの衆生において視そなはすこと、自己のごとし。一切の 善本みな彼岸に度す。ことごとく諸仏の無量の功徳を獲。智慧聖明なること 不可思議なり。かくのごときらの菩薩大士、称計すべからず、一時に来会す。 P--8 【3】 そのときに世尊、諸根悦予し、姿色清浄にして光顔巍々とまします。尊 者阿難、仏の聖旨を承けてすなはち座より起ちて、ひとへに右の肩を袒ぎ、長 跪合掌して、仏にまうしてまうさく、「今日世尊、諸根悦予し、姿色清浄に して光顔巍々とましますこと、明浄なる鏡の影、表裏に暢るがごとし。威容 顕曜にして超絶したまへること無量なり。いまだかつて瞻覩せず、殊妙なるこ と今のごとくましますをば。やや、しかなり。大聖、われ心に念言すらく、今 日世尊、奇特の法に住したまへり。今日世雄、仏の所住に住したまへり。今日 世眼、導師の行に住したまへり。今日世英、最勝の道に住したまへり。今日天 尊、如来の徳を行じたまへり。去・来・現の仏、仏と仏とあひ念じたまふ。い まの仏も諸仏を念じたまふことなきことを得んや。なにがゆゑぞ、威神光々た ることいまし、しかるや」と。ここに世尊、阿難に告げてのたまはく、「いか んぞ阿難、諸天のなんぢを教へて仏に来し問はしむるか。みづから慧見をもつ て威顔を問へるか」と。阿難、仏にまうさく、「諸天の来りてわれを教ふるも のあることなし。みづから所見をもつてこの義を問ひたてまつるのみ」と。仏 のたまはく、「善いかな阿難、問へるところはなはだ快し。深き智慧、真妙の P--9 弁才を発し、衆生を愍念せんとしてこの慧義を問へり。如来、無蓋の大悲をも つて三界を矜哀したまふ。世に出興するゆゑは、道教を光闡して群萌を拯ひ、 恵むに真実の利をもつてせんと欲してなり。無量億劫にも値ひがたく見たてま つりがたきこと、なほ霊瑞華の、時ありて、時にいまし出づるがごとし。いま 問へるところは、饒益するところ多し。一切の諸天・人民を開化す。阿難、ま さに知るべし。如来の正覚は、その智量りがたくして、〔衆生を〕導御するところ 多し。慧見無碍にして、よく遏絶することなし。一餐の力をもつて、よく寿命 を住めたまふこと、億百千劫無数無量にして、またこれよりも過ぎたまへり。 諸根悦予してもつて毀損せず。姿色変ぜず、光顔異なることなし。ゆゑはいか ん。如来は、定と慧と究暢したまへること極まりなし。一切の法において自在 を得たまへり。阿難、あきらかに聴け、いまなんぢがために説かん」と。対へ てまうさく、「やや、しかなり。願楽して聞きたてまつらんと欲ふ」と。 #3正宗分 【4】 仏、阿難に告げたまはく、「乃往過去久遠無量不可思議無央数劫に、錠 光如来、世に興出して無量の衆生を教化し度脱して、みな道を得しめてすなは ち滅度を取りたまひき。次に如来ましましき、名をば光遠といふ。次をば月光 P--10 と名づく。次をば栴檀香と名づく。次をば善山王と名づく。次をば須弥天冠と 名づく。次をば須弥等曜と名づく。次をば月色と名づく。次をば正念と名づ く。次をば離垢と名づく。次をば無著と名づく。次をば龍天と名づく。次をば 夜光と名づく。次をば安明頂と名づく。次をば不動地と名づく。次をば瑠璃 妙華と名づく。次をば瑠璃金色と名づく。次をば金蔵と名づく。次をば焔光 と名づく。次をば焔根と名づく。次をば地動と名づく。次をば月像と名づく。 次をば日音と名づく。次をば解脱華と名づく。次をば荘厳光明と名づく。次 をば海覚神通と名づく。次をば水光と名づく。次をば大香と名づく。次をば離 塵垢と名づく。次をば捨厭意と名づく。次をば宝焔と名づく。次をば妙頂と 名づく。次をば勇立と名づく。次をば功徳持慧と名づく。次をば蔽日月光と名 づく。次をば日月瑠璃光と名づく。次をば無上瑠璃光と名づく。次をば最上 首と名づく。次をば菩提華と名づく。次をば月明と名づく。次をば日光と名づ く。次をば華色王と名づく。次をば水月光と名づく。次をば除痴瞑と名づく。 次をば度蓋行と名づく。次をば浄信と名づく。次をば善宿と名づく。次をば威 神と名づく。次をば法慧と名づく。次をば鸞音と名づく。次をば師子音と名づ P--11 く。次をば龍音と名づく。次をば処世と名づく。かくのごときの諸仏、みなこ とごとくすでに過ぎたまへり。 【5】 そのときに、次に仏ましましき。世自在王如来・応供・等正覚・明行 足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏・世尊と名づけたてまつる。 時に国王ありき。仏(世自在王仏)の説法を聞きて、心に悦予を懐く。すなはち 無上正真道の意を発す。国を棄て王を捐てて、行じて沙門となる。号して法 蔵といふ。高才勇哲にして、世と超異す。世自在王如来の所に詣でて仏足を稽 首し、右に繞ること三匝して、長跪合掌して、頌をもつて讃めてまうさく、   〈光顔巍々として、威神極まりなし。かくのごときの焔明、ともに等しき   ものなし。   日月・摩尼珠光の焔耀も、みなことごとく隠蔽せられて、なほ聚墨のごと   し。   如来の容顔は、世に超えて倫なし。正覚の大音、響き十方に流る。   戒と聞と精進と三昧と智慧との威徳は、侶なくして、殊勝にして希有な   り。 P--12   深くあきらかに、よく諸仏の法海を念じて、深きを窮め奥を尽して、その   涯底を究む。   無明と欲と怒りとは、世尊に永くましまさず。人雄獅子にして神徳無量な   り。   功勲広大にして、智慧深妙なり。光明の威相は、大千を震動す。   願はくは、われ仏とならんに、聖法王に斉しく、生死を過度して、解脱せ   ざることなからしめん。   布施・調意・戒・忍・精進、かくのごときの三昧、智慧上れたりとせん。   われ誓ふ、仏を得たらんに、あまねくこの願を行じて、一切の恐懼〔の衆生〕   に、ために大安をなさん。   たとひ仏ましまして、百千億万の無量の大聖、数恒沙のごとくならんに、   一切のこれらの諸仏を供養せんよりは、道を求めて、堅正にして却かざら   んにはしかじ。   たとへば恒沙のごときの諸仏の世界、また計ふべからざる無数の刹土あら   んに、光明ことごとく照らして、このもろもろの国に遍じ、かくのごとく P--13   精進にして、威神量りがたからん。   われ仏とならんに、国土をして第一ならしめん。その衆、奇妙にして道場   超絶ならん。   国泥&M017421;のごとくして、しかも等しく双ぶものなからしめん。われまさに哀   愍して、一切を度脱すべし。   十方より来生せんもの、心悦清浄にして、すでにわが国に到らば快楽安   穏ならん。   幸はくは仏(世自在王仏)、信明したまへ、これわが真証なり。願を発して、   かしこにして所欲を力精せん。   十方の世尊、智慧無碍にまします。つねにこの尊をして、わが心行を知ら   しめん。   たとひ身をもろもろの苦毒のうちに止くとも、わが行、精進にして、忍び   てつひに悔いじ〉」と。 【6】 仏、阿難に告げたまはく、「法蔵比丘、この頌を説きをはりて、仏(世自 在王仏)にまうしてまうさく、〈やや、しかなり。世尊、われ無上正覚の心を P--14 発せり。願はくは仏、わがために広く経法を宣べたまへ。われまさに修行して 仏国を摂取して、清浄に無量の妙土を荘厳すべし。われをして世においてす みやかに正覚を成りて、もろもろの生死勤苦の本を抜かしめたまへ〉」と。仏、 阿難に語りたまはく、「ときに世饒王仏、法蔵比丘に告げたまはく、〈修行せ んところのごときの荘厳の仏土、なんぢみづからまさに知るべし〉と。比丘、 仏にまうさく、〈この義、弘深にしてわが境界にあらず。やや、願はくは世尊、 広くために諸仏如来の浄土の行を敷演したまへ。われこれを聞きをはりて、ま さに説のごとく修行して、所願を成満すべし〉と。そのときに世自在王仏、そ の高明の志願の深広なるを知ろしめして、すなはち法蔵比丘のために、しかも 経を説きてのたまはく、〈たとへば大海を一人升量せんに、劫数を経歴せば、 なほ底を窮めてその妙宝を得べきがごとし。人、至心に精進して道を求めて止 まざることあらば、みなまさに剋果すべし。いづれの願か得ざらん〉と。ここ において世自在王仏、すなはちために広く二百一十億の諸仏の刹土の天人の 善悪、国土の粗妙を説きて、その心願に応じてことごとく現じてこれを与へた まふ。ときにかの比丘、仏の所説を聞きて、厳浄の国土みなことごとく覩見し P--15 て無上殊勝の願を超発せり。その心寂静にして志、所着なし。一切の世間 によく及ぶものなけん。五劫を具足し、思惟して荘厳仏国の清浄の行を摂取 す」と。阿難、仏にまうさく、「かの仏国土の〔世自在王仏の〕寿量いくばくぞ や」と。仏のたまはく、「その仏の寿命は四十二劫なりき。ときに法蔵比丘、 二百一十億の諸仏の妙土の清浄の行を摂取しき。かくのごとく修しをはり て、かの仏の所に詣でて、稽首し足を礼して、仏を繞ること三匝して、合掌し て住して、仏にまうしてまうさく、〈世尊、われすでに仏土を荘厳すべき清浄 の行を摂取しつ〉と。仏、比丘に告げたまはく、〈なんぢ、いま説くべし。よ ろしく知るべし、これ時なり。一切の大衆を発起し悦可せしめよ。菩薩聞きを はりて、この法を修行し縁として、無量の大願を満足することを致さん〉と。  比丘、仏にまうさく、〈やや聴察を垂れたまへ。わが所願のごとくまさにつ ぶさにこれを説くべし。 【7】(1) たとひわれ仏を得たらんに、国に地獄・餓鬼・畜生あらば、正覚を 取らじ。 (2) たとひわれ仏を得たらんに、国中の人・天、寿終りてののちに、また三 P--16 悪道に更らば、正覚を取らじ。 (3) たとひわれ仏を得たらんに、国中の人・天、ことごとく真金色ならずは、 正覚を取らじ。 (4) たとひわれ仏を得たらんに、国中の人・天、形色不同にして、好醜あら ば、正覚を取らじ。 (5) たとひわれ仏を得たらんに、国中の人・天、宿命を識らずして、下、百 千億那由他の諸劫の事を知らざるに至らば、正覚を取らじ。 (6) たとひわれ仏を得たらんに、国中の人・天、天眼を得ずして、下、百千 億那由他の諸仏の国を見ざるに至らば、正覚を取らじ。 (7) たとひわれ仏を得たらんに、国中の人・天、天耳を得ずして、下、百千 億那由他の諸仏の説くところを聞きて、ことごとく受持せざるに至らば、正覚 を取らじ。 (8) たとひわれ仏を得たらんに、国中の人・天、他心を見る智を得ずして、 下、百千億那由他の諸仏国中の衆生の心念を知らざるに至らば、正覚を取ら じ。 P--17 (9) たとひわれ仏を得たらんに、国中の人・天、神足を得ずして、一念のあ ひだにおいて、下、百千億那由他の諸仏の国を超過することあたはざるに至ら ば、正覚を取らじ。 (10) たとひわれ仏を得たらんに、国中の人・天、もし想念を起して、身を貪 計せば、正覚を取らじ。 (11) たとひわれ仏を得たらんに、国中の人・天、定聚に住し、かならず滅度 に至らずは、正覚を取らじ。 (12) たとひわれ仏を得たらんに、光明よく限量ありて、下、百千億那由他の 諸仏の国を照らさざるに至らば、正覚を取らじ。 (13) たとひわれ仏を得たらんに、寿命よく限量ありて、下、百千億那由他劫 に至らば、正覚を取らじ。 (14) たとひわれ仏を得たらんに、国中の声聞、よく計量ありて、下、三千大 千世界の声聞・縁覚、百千劫において、ことごとくともに計校して、その数を 知るに至らば、正覚を取らじ。 (15) たとひわれ仏を得たらんに、国中の人・天、寿命よく限量なからん。そ P--18 の本願の修短自在ならんをば除く。もししからずは、正覚を取らじ。 (16) たとひわれ仏を得たらんに、国中の人・天、乃至不善の名ありと聞か ば、正覚を取らじ。 (17) たとひわれ仏を得たらんに、十方世界の無量の諸仏、ことごとく咨嗟し て、わが名を称せずは、正覚を取らじ。 (18) たとひわれ仏を得たらんに、十方の衆生、至心信楽して、わが国に生ぜ んと欲ひて、乃至十念せん。もし生ぜずは、正覚を取らじ。ただ五逆と誹謗正 法とをば除く。 (19) たとひわれ仏を得たらんに、十方の衆生、菩提心を発し、もろもろの功 徳を修して、至心発願してわが国に生ぜんと欲せん。寿終るときに臨んで、た とひ大衆と囲繞してその人の前に現ぜずは、正覚を取らじ。 (20) たとひわれ仏を得たらんに、十方の衆生、わが名号を聞きて、念をわが 国に係け、もろもろの徳本を植ゑて、至心回向してわが国に生ぜんと欲せん。 果遂せずは、正覚を取らじ。 (21) たとひわれ仏を得たらんに、国中の人・天、ことごとく三十二大人相を P--19 成満せずは、正覚を取らじ。 (22) たとひわれ仏を得たらんに、他方仏土の諸菩薩衆、わが国に来生して、 究竟してかならず一生補処に至らん。その本願の自在の所化、衆生のためのゆ ゑに、弘誓の鎧を被て、徳本を積累し、一切を度脱し、諸仏の国に遊んで、菩 薩の行を修し、十方の諸仏如来を供養し、恒沙無量の衆生を開化して無上正 真の道を立せしめんをば除く。常倫に超出し、諸地の行現前し、普賢の徳を 修習せん。もししからずは、正覚を取らじ。 (23) たとひわれ仏を得たらんに、国中の菩薩、仏の神力を承けて、諸仏を供 養し、一食のあひだにあまねく無数無量那由他の諸仏の国に至ることあたはず は、正覚を取らじ。 (24) たとひわれ仏を得たらんに、国中の菩薩、諸仏の前にありて、その徳本 を現じ、もろもろの欲求せんところの供養の具、もし意のごとくならずは、正 覚を取らじ。 (25) たとひわれ仏を得たらんに、国中の菩薩、一切智を演説することあたは ずは、正覚を取らじ。 P--20 (26) たとひわれ仏を得たらんに、国中の菩薩、金剛那羅延の身を得ずは、正 覚を取らじ。 (27) たとひわれ仏を得たらんに、国中の人・天、一切万物、厳浄光麗にし て、形色、殊特にして窮微極妙なること、よく称量することなけん。そのも ろもろの衆生、乃至天眼を逮得せん。よく明了にその名数を弁ふることあら ば、正覚を取らじ。 (28) たとひわれ仏を得たらんに、国中の菩薩乃至少功徳のもの、その道場樹 の無量の光色ありて、高さ四百万里なるを知見することあたはずは、正覚を取 らじ。 (29) たとひわれ仏を得たらんに、国中の菩薩、もし経法を受読し諷誦持説し て、弁才智慧を得ずは、正覚を取らじ。 (30) たとひわれ仏を得たらんに、国中の菩薩、智慧弁才もし限量すべくは、 正覚を取らじ。 (31) たとひわれ仏を得たらんに、国土清浄にして、みなことごとく十方一 切の無量無数不可思議の諸仏世界を照見すること、なほ明鏡にその面像を覩 P--21 るがごとくならん。もししからずは、正覚を取らじ。 (32) たとひわれ仏を得たらんに、地より以上、虚空に至るまで、宮殿・楼 観・池流・華樹・国中のあらゆる一切万物、みな無量の雑宝、百千種の香をも つてともに合成し、厳飾奇妙にしてもろもろの人・天に超えん。その香あまね く十方世界に熏じて、菩薩聞かんもの、みな仏行を修せん。もしかくのごとく ならずは、正覚を取らじ。 (33) たとひわれ仏を得たらんに、十方無量不可思議の諸仏世界の衆生の類、 わが光明を蒙りてその身に触れんもの、身心柔軟にして人・天に超過せん。も ししからずは、正覚を取らじ。 (34) たとひわれ仏を得たらんに、十方無量不可思議の諸仏世界の衆生の類、 わが名字を聞きて、菩薩の無生法忍、もろもろの深総持を得ずは、正覚を取ら じ。 (35) たとひわれ仏を得たらんに、十方無量不可思議の諸仏世界に、それ女人 ありて、わが名字を聞きて、歓喜信楽し、菩提心を発して、女身を厭悪せん。 寿終りてののちに、また女像とならば、正覚を取らじ。 P--22 (36) たとひわれ仏を得たらんに、十方無量不可思議の諸仏世界の諸菩薩衆、 わが名字を聞きて、寿終りてののちに、つねに梵行を修して仏道を成るに至ら ん。もししからずは、正覚を取らじ。 (37) たとひわれ仏を得たらんに、十方無量不可思議の諸仏世界の諸天・人 民、わが名字を聞きて、五体を地に投げて、稽首作礼し、歓喜信楽して、菩薩 の行を修せんに、諸天・世人、敬ひを致さずといふことなけん。もししからず は、正覚を取らじ。 (38) たとひわれ仏を得たらんに、国中の人・天、衣服を得んと欲はば、念に 随ひてすなはち至らん。仏の所讃の応法の妙服のごとく、自然に身にあらん。 もし裁縫・擣染・浣濯することあらば、正覚を取らじ。 (39) たとひわれ仏を得たらんに、国中の人・天、受けんところの快楽、漏尽 比丘のごとくならずは、正覚を取らじ。 (40) たとひわれ仏を得たらんに、国中の菩薩、意に随ひて十方無量の厳浄の 仏土を見んと欲はん。時に応じて願のごとく、宝樹のなかにして、みなことご とく照見せんこと、なほ明鏡にその面像を覩るがごとくならん。もししから P--23 ずは、正覚を取らじ。 (41) たとひわれ仏を得たらんに、他方国土の諸菩薩衆、わが名字を聞きて、 仏を得るに至るまで、諸根闕陋して具足せずは、正覚を取らじ。 (42) たとひわれ仏を得たらんに、他方国土の諸菩薩衆、わが名字を聞きて、 みなことごとく清浄解脱三昧を逮得せん。この三昧に住して、ひとたび意を 発さんあひだに、無量不可思議の諸仏世尊を供養したてまつりて定意を失せ じ。もししからずは、正覚を取らじ。 (43) たとひわれ仏を得たらんに、他方国土の諸菩薩衆、わが名字を聞きて、 寿終りてののちに尊貴の家に生ぜん。もししからずは、正覚を取らじ。 (44) たとひわれ仏を得たらんに、他方国土の諸菩薩衆、わが名字を聞きて、 歓喜踊躍して菩薩の行を修し徳本を具足せん。もししからずは、正覚を取らじ。 (45) たとひわれ仏を得たらんに、他方国土の諸菩薩衆、わが名字を聞きて、 みなことごとく普等三昧を逮得せん。この三昧に住して成仏に至るまで、つね に無量不可思議の一切の諸仏を見たてまつらん。もししからずは、正覚を取ら じ。 P--24 (46) たとひわれ仏を得たらんに、国中の菩薩、その志願に随ひて、聞かんと 欲はんところの法、自然に聞くことを得ん。もししからずは、正覚を取らじ。 (47) たとひわれ仏を得たらんに、他方国土の諸菩薩衆、わが名字を聞きて、 すなはち不退転に至ることを得ずは、正覚を取らじ。 (48) たとひわれ仏を得たらんに、他方国土の諸菩薩衆、わが名字を聞きて、 すなはち第一、第二、第三法忍に至ることを得ず、もろもろの仏法において、 すなはち不退転を得ることあたはずは、正覚を取らじ〉」と。 【8】 仏、阿難に告げたまはく、「そのときに法蔵比丘、この願を説きをはり て、頌を説きていはく、  〈われ超世の願を建つ、かならず無上道に至らん。   この願満足せずは、誓ひて正覚を成らじ。   われ無量劫において、大施主となりて、   あまねくもろもろの貧苦を済はずは、誓ひて正覚を成らじ。   われ仏道を成るに至りて、名声十方に超えん。   究竟して聞ゆるところなくは、誓ひて正覚を成らじ。 P--25   離欲と深正念と、浄慧とをもつて梵行を修して、   無上道を志求して、諸天人の師とならん。   神力、大光を演べて、あまねく無際の土を照らし、   三垢の冥を消除して、広くもろもろの厄難を済はん。   かの智慧の眼を開きて、この昏盲の闇を滅し、   もろもろの悪道を閉塞して、善趣の門を通達せん。   功祚、成満足して、威曜十方に朗らかならん。   日月、重暉を&M011617;めて、天の光も隠れて現ぜじ。   衆のために法蔵を開きて、広く功徳の宝を施せん。   つねに大衆のなかにして、法を説きて獅子吼せん。   一切の仏を供養したてまつりて、もろもろの徳本を具足し、   願と慧ことごとく成満して、三界の雄たることを得ん。   仏(世自在王仏)の無碍智のごとく、通達して照らさざることなけん。   願はくはわが功慧の力、この最勝尊(世自在王仏)に等しからん。   この願もし剋果せば、大千まさに感動すべし。 P--26   虚空の諸天人、まさに珍妙の華を雨らすべし〉」と。 【9】 仏、阿難に告げたまはく、「法蔵比丘、この頌を説きをはるに、時に応じ てあまねく地、六種に震動す。天より妙華を雨らして、もつてその上に散ず。 自然の音楽、空中に讃めていはく、〈決定してかならず無上正覚を成るべし〉 と。ここに法蔵比丘、かくのごときの大願を具足し修満して、誠諦にして虚し からず。世間に超出して深く寂滅を楽ふ。阿難、ときにかの比丘、その仏の 所、諸天・魔・梵・竜神八部・大衆のなかにして、この弘誓を発す。この願を 建てをはりて、一向に専志して妙土を荘厳す。所修の仏国、恢廓広大にして超 勝独妙なり。建立〔せられし仏国は〕常然にして、衰なく変なし。不可思議の 兆載永劫において、菩薩の無量の徳行を積植して、欲覚・瞋覚・害覚を生ぜ ず。欲想・瞋想・害想を起さず。色・声・香・味・触・法に着せず。忍力成就 して衆苦を計らず。少欲知足にして染・恚・痴なし。三昧常寂にして智慧無 碍なり。虚偽・諂曲の心あることなし。和顔愛語にして、意を先にして承問 す。勇猛精進にして志願倦むことなし。もつぱら清白の法を求めて、もつて 群生を恵利す。三宝を恭敬し、師長に奉事す。大荘厳をもつて衆行を具足し、 P--27 もろもろの衆生をして功徳を成就せしむ。空・無相・無願の法に住して作なく 起なく、法は化のごとしと観じて、粗言の自害と害彼と、彼此ともに害するを 遠離し、善語の自利と利人と、人我兼ねて利するを修習す。国を棄て王を捐て て財色を絶ち去け、みづから六波羅蜜を行じ、人を教へて行ぜしむ。無央数劫 に功を積み徳を累ぬるに、その生処に随ひて意の所欲にあり。無量の宝蔵、自 然に発応し、無数の衆生を教化し安立して、無上正真の道に住せしむ。あるい は長者・居士・豪姓・尊貴となり、あるいは刹利国君・転輪聖帝となり、ある いは六欲天主、乃至梵王となりて、つねに四事をもつて一切の諸仏を供養し恭 敬したてまつる。かくのごときの功徳、称説すべからず。口気は香潔にして、 優鉢羅華のごとし。身のもろもろの毛孔より栴檀香を出す。その香は、あまね く無量の世界に熏ず。容色端正にして相好殊妙なり。その手よりつねに無尽の 宝・衣服・飲食・珍妙の華香・&M027888;蓋・幢幡、荘厳の具を出す。かくのごときら の事もろもろの天人に超えたり。一切の法において自在を得たりき」と。 【10】 阿難、仏にまうさく、「法蔵菩薩、すでに成仏して滅度を取りたまへり とやせん、いまだ成仏したまはずとやせん、いま現にましますとやせん」と。 P--28 仏、阿難に告げたまはく、「法蔵菩薩、いますでに成仏して、現に西方にまし ます。ここを去ること十万億刹なり。その仏の世界をば名づけて安楽といふ」 と。阿難、また問ひたてまつる、「その仏、成道したまひしよりこのかた、い くばくの時を経たまへりとやせん」と。仏のたまはく、「成仏よりこのかた、 おほよそ十劫を歴たまへり。その仏国土は、自然の七宝、金・銀・瑠璃・珊 瑚・琥珀・&M024226;&M024470;・碼碯合成して地とせり。恢廓曠蕩にして限極すべからず。こ とごとくあひ雑廁し、うたたあひ入間せり。光赫焜耀にして微妙奇麗なり。清 浄に荘厳して十方一切の世界に超踰せり。衆宝のなかの精なり。その宝、な ほ第六天の宝のごとし。またその国土には、須弥山および金剛鉄囲、一切の諸 山なし。また大海・小海・谿渠・井谷なし。仏神力のゆゑに、見んと欲へばす なはち現ず。また地獄・餓鬼・畜生、諸難の趣なし。また四時の春・秋・冬・ 夏なし。寒からず、熱からず。つねに和らかにして調適なり」と。そのとき に阿難、仏にまうしてまうさく、「世尊、もしかの国土に須弥山なくは、その 四天王および&M010305;利天、なにによりてか住する」と。仏、阿難に語りたまはく、 「第三の焔天、乃至、色究竟天、みななにによりてか住する」と。阿難、仏に P--29 まうさく、「行業の果報、不可思議なればなり」と。仏、阿難に語りたまはく、 「行業の果報不可思議ならば、諸仏世界もまた不可思議なり。そのもろもろの 衆生、功徳善力をもつて行業の地に住す。ゆゑによくしかるのみ」と。阿難、 仏にまうさく、「われこの法を疑はず。ただ将来の衆生のためにその疑惑を除 かんと欲するがゆゑに、この義を問ひたてまつる」と。 【11】 仏、阿難に告げたまはく、「無量寿仏の威神光明は、最尊第一なり。諸 仏の光明、及ぶことあたはざるところなり。あるいは仏光ありて、百仏世界あ るいは千仏世界を照らす。要を取りてこれをいはば、すなはち東方恒沙の仏刹 を照らす。南西北方・四維・上下もまたまたかくのごとし。あるいは仏光あり て七尺を照らし、あるいは一由旬・二・三・四・五由旬を照らす。かくのごと くうたた倍して、乃至、一仏刹土を照らす。このゆゑに無量寿仏をば、無量光 仏・無辺光仏・無碍光仏・無対光仏・焔王光仏・清浄光仏・歓喜光仏・智慧 光仏・不断光仏・難思光仏・無称光仏・超日月光仏と号す。それ衆生ありて、 この光に遇ふものは、三垢消滅し、身意柔軟なり。歓喜踊躍して善心生ず。も し三塗の勤苦の処にありて、この光明を見たてまつれば、みな休息を得てまた P--30 苦悩なし。寿終りてののちに、みな解脱を蒙る。無量寿仏の光明は顕赫にし て、十方諸仏の国土を照耀したまふに、聞えざることなし。ただ、われのみい まその光明を称するにあらず。一切の諸仏・声聞・縁覚・もろもろの菩薩衆、 ことごとくともに歎誉すること、またまたかくのごとし。もし衆生ありて、そ の光明の威神功徳を聞きて、日夜に称説して至心不断なれば、意の所願に随ひ て、その国に生ずることを得て、もろもろの菩薩・声聞・大衆のために、とも に歎誉してその功徳を称せられん。それしかうしてのち、仏道を得るときに至 りて、あまねく十方の諸仏・菩薩のために、その光明を歎められんこと、また いまのごとくならん」と。仏のたまはく、「われ、無量寿仏の光明の威神、巍 巍殊妙なるを説かんに、昼夜一劫すとも、なほいまだ尽すことあたはじ」と。 【12】 仏、阿難に語りたまはく、「無量寿仏は寿命長久にして称計すべから ず。なんぢむしろ知れりや。たとひ十方世界の無量の衆生、みな人身を得て、 ことごとく声聞・縁覚を成就せしめて、すべてともに集会し、禅思一心にその 智力を竭して、百千万劫においてことごとくともに推算してその寿命の長遠の 数を計らんに、窮尽してその限極を知ることあたはじ。声聞・菩薩・天・人の P--31 衆の寿命の長短も、またまたかくのごとし。算数譬喩のよく知るところにあら ざるなり。また声聞・菩薩、その数量りがたし。称説すべからず。神智洞達し て、威力自在なり。よく掌のうちにおいて、一切世界を持せり」と。 【13】 仏、阿難に語りたまはく、「かの仏の初会の声聞衆の数、称計すべから ず。菩薩もまたしかなり。いまの大目&M020078;連のごとき、百千万億無量無数にし て、阿僧祇那由他劫において、乃至滅度までことごとくともに計校すとも、多 少の数を究了することあたはじ。たとへば大海の深広にして無量なるを、たと ひ人ありて、その一毛を析きてもつて百分となして、一分の毛をもつて一&M017772;を 沾取せんがごとし。意においていかん、その&M017772;るところのものは、かの大海に おいていづれをか多しとする」と。阿難、仏にまうさく、「かの&M017772;るところの 水を大海に比するに、多少の量、巧暦・算数・言辞・譬類のよく知るところ にあらざるなり」と。仏、阿難に語りたまはく、「目連等のごとき、百千万億那 由他劫において、かの初会の声聞・菩薩を計へて、知らんところの数はなほ一 &M017772;のごとし。その知らざるところは大海の水のごとし。 【14】 また、その国土に七宝のもろもろの樹、世界に周満せり。金樹・銀樹・ P--32 瑠璃樹・玻&M021324;樹・珊瑚樹・碼碯樹・&M024226;&M024470;樹なり。あるいは二宝・三宝、乃至、七 宝、うたたともに合成せるあり。あるいは金樹に銀の葉・華・果なるあり。あ るいは銀樹に金の葉・華・果なるあり。あるいは瑠璃樹に玻&M021324;を葉とす、華・ 果またしかなり。あるいは水精樹に瑠璃を葉とす、華・果またしかなり。ある いは珊瑚樹に碼碯を葉とす、華・果またしかなり。あるいは碼碯樹に瑠璃を葉 とす、華・果またしかなり。あるいは&M024226;&M024470;樹に衆宝を葉とす、華・果またしか なり。あるいは宝樹あり、紫金を本とし、白銀を茎とし、瑠璃を枝とし、水精 を条とし、珊瑚を葉とし、碼碯を華とし、&M024226;&M024470;を実とす。あるいは宝樹あり、 白銀を本とし、瑠璃を茎とし、水精を枝とし、珊瑚を条とし、碼碯を葉とし、 &M024226;&M024470;を華とし、紫金を実とす。あるいは宝樹あり、瑠璃を本とし、水精を茎と し、珊瑚を枝とし、碼碯を条とし、&M024226;&M024470;を葉とし、紫金を華とし、白銀を実と す。あるいは宝樹あり、水精を本とし、珊瑚を茎とし、碼碯を枝とし、&M024226;&M024470;を 条とし、紫金を葉とし、白銀を華とし、瑠璃を実とす。あるいは宝樹あり、珊 瑚を本とし、碼碯を茎とし、&M024226;&M024470;を枝とし、紫金を条とし、白銀を葉とし、瑠 璃を華とし、水精を実とす。あるいは宝樹あり、碼碯を本とし、&M024226;&M024470;を茎と P--33 し、紫金を枝とし、白銀を条とし、瑠璃を葉とし、水精を華とし、珊瑚を実と す。あるいは宝樹あり、&M024226;&M024470;を本とし、紫金を茎とし、白銀を枝とし、瑠璃を 条とし、水精を葉とし、珊瑚を華とし、碼碯を実とす。このもろもろの宝樹、 行々あひ値ひ、茎々あひ望み、枝々あひ準ひ、葉々あひ向かひ、華々あひ順 ひ、実々あひ当れり。栄色の光耀たること、勝げて視るべからず。清風、とき に発りて五つの音声を出す。微妙にして宮・商、自然にあひ和す。 【15】 また、無量寿仏のその道場樹は、高さ四百万里、その本の周囲五十由旬 なり。枝葉四に布けること二十万里なり。一切の衆宝自然に合成せり。月光摩 尼・持海輪宝の衆宝の王たるをもつて、これを荘厳せり。条のあひだに周匝し て、宝の瓔珞を垂れたり。百千万色にして種々に異変す。無量の光焔、照耀 極まりなし。珍妙の宝網、その上に羅覆せり。一切の荘厳、応に随ひて現ず。 微風やうやく動きてもろもろの枝葉を吹くに、無量の妙法の音声を演出す。そ の声流布して諸仏の国に遍ず。その音を聞くものは、深法忍を得て不退転に住 す。仏道を成るに至るまで、耳根清徹にして苦患に遭はず。目にその色を覩、 耳にその音を聞き、鼻にその香を知り、舌にその味はひを嘗め、身にその光を P--34 触れ、心に法をもつて縁ずるに、一切みな甚深の法忍を得て不退転に住す。仏 道を成るに至るまで、六根は清徹にしてもろもろの悩患なし。阿難、もしかの 国の人・天、この樹を見るものは三法忍を得。一つには音響忍、二つには柔順 忍、三つには無生法忍なり。これみな無量寿仏の威神力のゆゑに、本願力のゆ ゑに、満足願のゆゑに、明了願のゆゑに、堅固願のゆゑに、究竟願のゆゑな り」と。仏、阿難に告げたまはく、「世間の帝王に百千の音楽あり。転輪聖王 より、乃至、第六天上の伎楽の音声、展転してあひ勝れたること、千億万倍な り。第六天上の万種の楽音、無量寿国のもろもろの七宝樹の一種の音声にしか ざること、千億倍なり。また自然の万種の伎楽あり。またその楽の声、法音に あらざることなし。清揚哀亮にして微妙和雅なり。十方世界の音声のなかに、 もつとも第一とす。 【16】 また講堂・精舎・宮殿・楼観、みな七宝荘厳して自然に化成す。また真 珠・明月摩尼の衆宝をもつて、もつて交露としてその上に覆蓋せり。内外左右 にもろもろの浴池あり。〔大きさ〕あるいは十由旬、あるいは二十・三十、乃至、 百千由旬なり。縦広・深浅、おのおのみな一等なり。八功徳水、湛然として P--35 盈満せり。清浄香潔にして、味はひ甘露のごとし。黄金の池には、底に白銀 の沙あり。白銀の池には、底に黄金の沙あり。水精の池には、底に瑠璃の沙あ り。瑠璃の池には、底に水精の沙あり。珊瑚の池には、底に琥珀の沙あり。琥 珀の池には、底に珊瑚の沙あり。&M024226;&M024470;の池には、底に碼碯の沙あり。碼碯の池 には、底に&M024226;&M024470;の沙あり。白玉の池には、底に紫金の沙あり。紫金の池には、 底に白玉の沙あり。あるいは二宝・三宝・乃至七宝、うたたともに合成せり。 その池の岸の上に栴檀樹あり。華葉垂れ布きて、香気あまねく熏ず。天の優鉢 羅華・鉢曇摩華・拘物頭華・分陀利華、雑色光茂にして、弥く水の上に覆へ り。かの諸菩薩および声聞衆、もし宝池に入りて、意に水をして足を没さしめ んと欲へば、水すなはち足を没す。膝に至らしめんと欲へば、すなはち膝に至 る。腰に至らしめんと欲へば、水すなはち腰に至る。頸に至らしめんと欲へ ば、水すなはち頸に至る。身に灌がしめんと欲へば、自然に身に灌ぐ。還復せ しめんと欲へば、水すなはち還復す。冷煖を調和するに、自然に意に随ふ。 〔水浴せば〕神を開き、体を悦ばしめて、心垢を蕩除す。〔水は〕清明澄潔に して、浄きこと形なきがごとし。〔池底の〕宝沙、映徹して、深きをも照らさざ P--36 ることなし。微瀾回流してうたたあひ灌注す。安詳としてやうやく逝きて、遅 からず、疾からず。波揚がりて無量なり。自然の妙声、その所応に随ひて聞 えざるものなし。あるいは仏声を聞き、あるいは法声を聞き、あるいは僧声を 聞く。あるいは寂静の声、空・無我の声、大慈悲の声、波羅蜜の声、あるい は十力・無畏・不共法の声、もろもろの通慧の声、無所作の声、不起滅の声、 無生忍の声、乃至、甘露灌頂、もろもろの妙法の声、かくのごときらの声、そ の聞くところに称ひて、歓喜すること無量なり。〔聞くひとは〕清浄・離欲・寂 滅・真実の義に随順し、三宝・〔十〕力・無所畏・不共の法に随順し、通慧・ 菩薩と声聞の所行の道に随順す。三塗苦難の名あることなく、ただ自然快楽の 音のみあり。このゆゑに、その国を名づけて安楽といふ。 【17】 阿難、かの仏国土にもろもろの往生するものは、かくのごときの清浄 の色身、もろもろの妙音声、神通功徳を具足す。処するところの宮殿・衣服・ 飲食・衆妙華香・荘厳の具は、なほ第六天の自然の物のごとし。もし食せんと 欲ふときは、七宝の鉢器、自然に前にあり。金・銀・瑠璃・&M024226;&M024470;・碼碯・珊 瑚・琥珀・明月真珠、かくのごときの諸鉢、意に随ひて至る。百味の飲食、自 P--37 然に盈満す。この食ありといへども、実に食するものなし。ただ色を見、香を 聞ぐに、意に食をなすと以へり。自然に飽足して身心柔軟なり。味着するとこ ろなし。事已れば化して去り、時至ればまた現ず。かの仏国土は、清浄安穏 にして微妙快楽なり。無為泥&M017421;の道に次し。そのもろもろの声聞・菩薩・天・ 人は、智慧高明にして神通洞達せり。ことごとく同じく一類にして、形に異状 なし。ただ余方に因順するがゆゑに、天人の名あり。顔貌端正にして超世希 有なり。容色微妙にして、天にあらず、人にあらず。みな自然虚無の身、無極 の体を受けたり」と。 【18】 仏、阿難に告げたまはく、「たとへば世間の貧窮・乞人、帝王の辺にあ らんがごとし。形貌・容状、むしろ類すべけんや」と。阿難、仏にまうさく、 「たとひこの人、帝王の辺にあらんに、羸陋醜悪にして、もつて喩へとするこ となきこと、百千万億不可計倍なり。しかるゆゑは、貧窮・乞人は、底極廝下 にして、衣形を蔽さず。食趣かに命を支ふ。飢寒困苦して人理ほとほと尽き なんとす。みな前世に徳本を植ゑず、財を積みて施さず、富有にしてますます 慳しみ、ただいたづらに得んと欲ひて、貪求して厭ふことなく、あへて善を修せ P--38 ず、悪を犯すこと山のごとくに積もるによりてなり。かくのごとくして、寿終 りて、財宝消散す。身を苦しめ、聚積してこれがために憂悩すれども、おのれ において益なし。いたづらに他の有となる。善として怙むべきなし、徳として 恃むべきなし。このゆゑに、死して悪趣に堕してこの長苦を受く。罪畢り出づ ることを得て、生れて下賤となり、愚鄙廝極にして人類に示同す。世間の帝 王、人中に独尊なるゆゑは、みな宿世に徳を積めるによりて致すところなり。 慈恵博く施し、仁愛兼ねて済ふ。信を履み善を修して、違諍するところなし。 ここをもつて、寿終れば、福応じて善道に昇ることを得、天上に上生してこ の福楽を享く。積善の余慶に、いま人となることを得て、たまたま王家に生れ て、自然に尊貴なり。儀容端正にして衆の敬事するところなり。妙衣・珍&M044390;、 心に随ひて服御す。宿福の追ふところなるがゆゑに、よくこれを致す」と。 【19】 仏、阿難に告げたまはく、「なんぢが言是なり。たとひ帝王のごとき、 人中の尊貴にして形色端正なりといへども、これを転輪聖王に比ぶるに、は なはだ鄙陋なりとす。なほかの乞人の帝王の辺にあらんがごときなり。転輪聖 王は、威相殊妙にして天下第一なれども、これを&M010305;利天王に比ぶるに、また醜 P--39 悪にしてあひ喩ふるを得ざること万億倍なり。たとひ天帝を第六天王に比ぶる に、百千億倍あひ類せざるなり。たとひ第六天王を無量寿仏国の菩薩・声聞に 比ぶるに、光顔・容色あひおよばざること百千万億不可計倍なり」と。 【20】 仏、阿難に告げたまはく、「無量寿国の、そのもろもろの天人の衣服・ 飲食・華香・瓔珞・&M027888;蓋・幢幡、微妙の音声、所居の舎宅・宮殿・楼閣は、そ の形色に称ひて高下大小あり。あるいは一宝・二宝、乃至、無量の衆宝、意の 所欲に随ひて、念に応じてすなはち至る。また衆宝の妙衣をもつてあまねくそ の地に布けり。一切の天人これを践みて行く。無量の宝網、仏土に弥覆せり。 みな金縷・真珠の百千の雑宝の奇妙珍異なるをもつて荘厳校飾せり。四面に 周匝して、垂るるに宝鈴をもつてす。光色晃耀にして、ことごとく厳麗を極 む。自然の徳風やうやく起りて微動す。その風、調和にして寒からず、暑から ず。温涼柔軟にして、遅からず、疾からず。もろもろの羅網およびもろもろ の宝樹を吹くに、無量微妙の法音を演発し、万種温雅の徳香を流布す。それ聞 ぐことあるものは、塵労垢習、自然に起らず。風、その身に触るるに、みな快 楽を得。たとへば比丘の滅尽三昧を得るがごとし。 P--40 【21】 また風吹きて、華を散らして、仏土に遍満す。色の次第に随ひて雑乱せ ず。柔軟光沢にして馨香芬烈なり。足その上を履むに、陥み下ること四寸、足 を挙げをはるに随ひて、還復することもとのごとし。華、用ゐることすでに訖 れば、地すなはち開き裂け、次いでをもつて化没す。清浄にして遺りなし。 その時節に随ひて、風吹いて、華を散らす。かくのごとく六返す。また衆宝の 蓮華、世界に周満せり。一々の宝華に百千億の葉あり。その華の光明に無量 種の色あり。青色に青光、白色に白光あり、玄・黄・朱・紫の光色もまたしか なり。&M014049;曄煥爛として日月よりも明曜なり。一々の華のなかより三十六百千 億の光を出す。一々の光のなかより三十六百千億の仏を出す。身色紫金にし て相好殊特なり。一々の諸仏、また百千の光明を放ちて、あまねく十方のため に微妙の法を説きたまふ。かくのごときの諸仏、各々に無量の衆生を仏の正道 に安立せしめたまふ」と。 仏説無量寿経 巻上 P--41 #2巻下    仏説無量寿経 巻下                       曹魏天竺三蔵康僧鎧訳 #3正宗分 【22】 仏、阿難に告げたまはく、「それ衆生ありてかの国に生るるものは、み なことごとく正定の聚に住す。ゆゑはいかん。かの仏国のなかにはもろもろ の邪聚および不定聚なければなり。十方恒沙の諸仏如来は、みなともに無量寿 仏の威神功徳の不可思議なるを讃歎したまふ。あらゆる衆生、その名号を聞き て、信心歓喜せんこと乃至一念せん。至心に回向したまへり。かの国に生れん と願ずれば、すなはち往生を得、不退転に住せん。ただ五逆と正法を誹謗する ものとをば除く」と。 【23】 仏、阿難に告げたまはく、「十方世界の諸天・人民、それ心を至して、 かの国に生れんと願ずることあらん。おほよそ三輩あり。それ上輩といふは、 家を捨て欲を棄てて沙門となり、菩提心を発して一向にもつぱら無量寿仏を念 じ、もろもろの功徳を修してかの国に生れんと願ぜん。これらの衆生、寿終ら P--42 んときに臨んで、無量寿仏は、もろもろの大衆とともにその人の前に現れたま ふ。すなはちかの仏に随ひてその国に往生す。すなはち七宝の華のなかより自 然に化生して不退転に住せん。智慧勇猛にして神通自在ならん。このゆゑに阿 難、それ衆生ありて今世において無量寿仏を見たてまつらんと欲はば、無上菩 提の心を発し功徳を修行してかの国に生れんと願ずべし」と。 【24】 仏、阿難に語りたまはく、「それ中輩といふは、十方世界の諸天・人民、 それ心を至してかの国に生れんと願ずることありて、行じて沙門となりて大き に功徳を修することあたはずといへども、まさに無上菩提の心を発して一向に もつぱら無量寿仏を念ずべし。多少、善を修して斎戒を奉持し、塔像を起立 し、沙門に飯食せしめ、&M027888;を懸け灯を燃し、華を散じ香を焼きて、これをもつ て回向してかの国に生れんと願ぜん。その人、終りに臨みて、無量寿仏はその 身を化現したまふ。光明・相好はつぶさに真仏のごとし。もろもろの大衆と ともにその人の前に現れたまふ。すなはち化仏に随ひてその国に往生して不退 転に住せん。功徳・智慧は、次いで上輩のもののごとくならん」と。 【25】 仏、阿難に告げたまはく、「それ下輩といふは、十方世界の諸天・人民、 P--43 それ心を至してかの国に生れんと欲することありて、たとひもろもろの功徳を なすことあたはざれども、まさに無上菩提の心を発して一向に意をもつぱらに して、乃至十念、無量寿仏を念じたてまつりて、その国に生れんと願ずべし。 もし深法を聞きて歓喜信楽し、疑惑を生ぜずして、乃至一念、かの仏を念じた てまつりて、至誠心をもつてその国に生れんと願ぜん。この人、終りに臨ん で、夢のごとくにかの仏を見たてまつりて、また往生を得。功徳・智慧は、次 いで中輩のもののごとくならん」と。 【26】 仏、阿難に告げたまはく、「無量寿仏の威神極まりなし。十方世界の無 量無辺不可思議の諸仏如来、かれを称歎せざることなし。東方恒沙仏国の無 量無数の諸菩薩衆、みなことごとく無量寿仏の所に往詣して、恭敬し供養し て、もろもろの菩薩・声聞の大衆に及ぼさん。経法を聴受し、道化を宣布す。 南・西・北方・四維・上・下〔の菩薩衆〕、またまたかくのごとし」と。 【27】 そのときに世尊、しかも頌を説きてのたまはく、   「東方の諸仏の国、その数恒沙のごとし。   かの土の菩薩衆、往いて無量覚を覲たてまつる。 P--44   南・西・北・四維・上・下〔の仏国〕、またまたしかなり。   かの土の菩薩衆、往いて無量覚を覲たてまつる。   一切のもろもろの菩薩、おのおの天の妙華・   宝香・無価の衣を齎つて、無量覚を供養したてまつる。   咸然として天の楽を奏し、和雅の音を暢発して、   最勝の尊を歌歎して、無量覚を供養したてまつる、   〈神通と慧とを究達して、深法門に遊入し、   功徳蔵を具足して、妙智、等倫なし。   慧日、世間を照らして、生死の雲を消除したまふ〉と。   恭敬して繞ること三匝して、無上尊を稽首したてまつる。   かの厳浄の土の微妙にして思議しがたきを見て、   よりて無上心を発して、わが国もまたしからんと願ず。   時に応じて無量尊、容を動かし欣笑を発したまひ、   口より無数の光を出して、あまねく十方国を照らしたまふ。   光を回らして身を囲繞すること、三匝して頂より入る。 P--45   一切の天人衆、踊躍してみな歓喜す。   大士観世音、服を整へ稽首して問うて、   仏にまうさく、〈なんの縁ありてか笑みたまふや。やや、しかなり、願は   くは意を説きたまへ〉と。   〔仏の〕梵声はなほ雷の震ふがごとく、八音は妙なる響きを暢ぶ、   〈まさに菩薩に記を授くべし。いま説かん。なんぢあきらかに聴け。   十方より来れる正士、われことごとくかの願を知れり。   厳浄の土を志求し、受決してまさに仏となるべし。   一切の法は、なほ夢・幻・響きのごとしと覚了すれども、   もろもろの妙なる願を満足して、かならずかくのごときの刹を成ぜん。   法は電・影のごとしと知れども、菩薩の道を究竟し、   もろもろの功徳の本を具して、受決してまさに仏となるべし。   諸法の性は、一切、空無我なりと通達すれども、   もつぱら浄き仏土を求めて、かならずかくのごときの刹を成ぜん〉と。   諸仏は菩薩に告げて、安養仏を覲せしむ、 P--46   〈法を聞きて楽ひて受行して、疾く清浄の処を得よ。   かの厳浄の国に至らば、すなはちすみやかに神通を得、   かならず無量尊において、記を受けて等覚を成らん。   その仏の本願力、名を聞きて往生せんと欲へば、   みなことごとくかの国に到りて、おのづから不退転に致る。   菩薩、至願を興して、おのれが国も異なることなからんと願ふ。   あまねく一切を度せんと念じ、名、顕れて十方に達せん。   億の如来に奉事するに、飛化してもろもろの刹に遍じ、   恭敬し歓喜して去り、還りて安養国に到る。   もし人、善本なければ、この経を聞くことを得ず。   清浄に戒を有てるもの、いまし正法を聞くことを獲。   むかし世尊を見たてまつりしものは、すなはちよくこの事を信じ、   謙敬にして聞きて奉行し、踊躍して大きに歓喜す。   驕慢と弊と懈怠とは、もつてこの法を信ずること難し。   宿世に諸仏を見たてまつりしものは、楽んでかくのごときの教を聴かん。 P--47   声聞あるいは菩薩、よく聖心を究むることなし。   たとへば生れてより盲ひたるものの、行いて人を開導せんと欲はんがごと   し。   如来の智慧海は、深広にして涯底なし。   二乗の測るところにあらず。ただ仏のみ独りあきらかに了りたまへり。   たとひ一切の人、具足してみな道を得、   浄慧、本空を知り、億劫に仏智を思ひ、   力を窮め、講説を極めて、寿を尽すとも、なほ知らじ。   仏慧は辺際なくして、かくのごとく清浄に致る。   寿命はなはだ得がたく、仏世また値ひがたし。   人信慧あること難し。もし〔法を〕聞かば精進して求めよ。   法を聞きてよく忘れず、見て敬ひ得て大きに慶ばば、   すなはちわが善き親友なり。このゆゑにまさに意を発すべし。   たとひ世界に満てらん火をもかならず過ぎて、要めて法を聞かば、   かならずまさに仏道を成じて、広く生死の流れを済ふべし〉」と。 P--48 【28】 仏、阿難に告げたまはく、「かの国の菩薩は、みなまさに一生補処を究 竟すべし。その本願、衆生のためのゆゑに、弘誓の功徳をもつて、みづから荘 厳してあまねく一切衆生を度脱せんと欲ふをば除く。阿難、かの仏国のなかの もろもろの声聞衆の身光は一尋なり。菩薩の光明は百由旬を照らす。ふたりの 菩薩ありて最尊第一なり。威神の光明はあまねく三千大千世界を照らす」と。 阿難、仏にまうさく、「かのふたりの菩薩、その号いかん」と。仏のたまはく、 「ひとりをば観世音と名づけ、ふたりをば大勢至と名づく。このふたりの菩薩 は、この国土において菩薩の行を修して、命終りて転化してかの仏国に生れた まへり。阿難、それ衆生ありてかの国に生るるものは、みなことごとく三十二 相を具足す。智慧成満して深く諸法に入り、要妙を究暢し、神通無碍にして諸 根明利なり。その鈍根のものは二忍を成就し、その利根のものは不可計の無 生法忍を得。またかの菩薩、乃至、成仏まで悪趣に更らず。神通自在にしてつ ねに宿命を識る。他方の五濁悪世に生じて示現してかれに同ずること、わが 国のごとくなるをば除く」と。  仏、阿難に告げたまはく、「かの国の菩薩は、仏の威神〔力〕を承けて、一 P--49 食のあひだに十方無量の世界に往詣して、諸仏世尊を恭敬し供養したてまつら ん。心の所念に随ひて、華香・伎楽・&M027888;蓋・幢幡、無数無量の供養の具、自然 に化生して念に応じてすなはち至らん。珍妙殊特にして世の所有にあらず。す なはちもつてもろもろの仏・菩薩・声聞の大衆に奉散せん。〔散ぜし華は〕虚空 のなかにありて化して華蓋となる。光色&M013862;爍して、香気あまねく熏ず。その 華の周円、四百里なるものあり。かくのごとくうたた倍してすなはち三千大千 世界に覆へり。その前後に随ひて、次いでをもつて化没す。そのもろもろの菩 薩、僉然として欣悦す。虚空のなかにおいてともに天の楽を奏し、微妙の音を もつて仏徳を歌歎す。経法を聴受して歓喜すること無量なり。仏を供養しをは りていまだ食せざるのさきに、忽然として軽挙してその本国に還る」と。 【29】 仏、阿難に語りたまはく、「無量寿仏、もろもろの声聞・菩薩の大衆の ために法を班宣したまふとき、すべてことごとく七宝の講堂に集会して、広く 道教を宣べ妙法を演暢したまふに、〔聞くもの〕歓喜し、心に解り、道を得ざる ことなし。即時に四方より自然に風起りて、あまねく宝樹を吹くに、五つの音 声を出し、無量の妙華を雨らす。風に随ひて周遍して自然に供養すること、か P--50 くのごとくして絶えず。一切の諸天、みな天上の百千の華香・万種の伎楽を齎 つて、その仏およびもろもろの菩薩・声聞の大衆を供養したまふ。あまねく華 香を散じ、もろもろの音楽を奏し、前後に来往して、かはるがはるあひ開避 す。このときに当りて〔大衆の〕熙怡快楽すること、あげていふべからず」と。 【30】 仏、阿難に語りたまはく、「かの仏国に生るるもろもろの菩薩等は、講 説すべきところには、つねに正法を宣べ、智慧に随順して違なく失なし。その 国土のあらゆる万物において我所の心なく染着の心なし。去くも来るも、進む も止まるも、情に係くるところなく、意に随ひて自在にして適莫するところな し。彼なく我なく、競なく訟なし。もろもろの衆生において大慈悲饒益の心 を得たり。柔軟調伏にして忿恨の心なく、離蓋清浄にして厭怠の心なし。等 心・勝心・深心・定心、愛法・楽法・喜法の心のみなり。もろもろの煩悩を滅 して悪趣の心を離る。一切菩薩の所行を究竟して、無量の功徳を具足し成就せ り。深き禅定ともろもろの通・明の慧を得て、志を七覚に遊ばしめ、心に仏 法を修す。肉眼は清徹にして分了ならざることなし。天眼は通達して無量無限 なり。法眼は観察して、諸道を究竟す。慧眼は真を見てよく彼岸に度す。仏眼 P--51 は具足して法性を覚了す。無碍の智をもつて人のために〔法を〕演説す。等し く三界の空・無所有なるを観じて仏法を志求し、もろもろの弁才を具して衆生 の煩悩の患ひを除滅す。如より来生して法の如々を解り、よく習滅の音声の方 便を知りて世語を欣はず、楽ひ正論にあり。もろもろの善本を修して、志仏 道を崇む。一切の法はみなことごとく寂滅なりと知りて、生身・煩悩、二余と もに尽せり。甚深の法を聞きて心に疑懼せず、つねによく修行す。その大悲は 深遠微妙にして覆載せずといふことなし。一乗を究竟して〔衆生を〕彼岸に至ら しむ。疑網を決断して、慧、心によりて出づ。仏の教法において該羅して外な し。〔浄土の菩薩の〕智慧は大海のごとく、三昧は山王のごとし。慧光は明浄 にして日月に超踰せり。清白の法具足し円満すること、なほ雪山のごとし、 もろもろの功徳を照らすこと等一にして浄きがゆゑに。なほ大地のごとし、浄 穢・好悪、異心なきがゆゑに。なほ浄水のごとし、塵労もろもろの垢染を洗除 するがゆゑに。なほ火王のごとし、一切の煩悩の薪を焼滅するがゆゑに。なほ 大風のごとし、もろもろの世界に行ずるに障碍なきがゆゑに。なほ虚空のごと し、一切の有において所着なきがゆゑに。なほ蓮華のごとし、もろもろの世間 P--52 において汚染なきがゆゑに。なほ大乗のごとし、群萌を運載して生死を出すが ゆゑに。なほ重雲のごとし、大法の雷を震ひて未覚を覚せしむるがゆゑに。 なほ大雨のごとし、甘露の法を雨らして、衆生を潤すがゆゑに。金剛山のごと し、衆魔・外道、動かすことあたはざるがゆゑに。梵天王のごとし、もろもろ の善法において最上首なるがゆゑに。尼拘類樹のごとし、あまねく一切を覆ふ がゆゑに。優曇鉢華のごとし、希有にして遇ひがたきがゆゑに。金翅鳥のごと し、外道を威伏するがゆゑに。もろもろの遊禽のごとし、蔵積するところなき がゆゑに。なほ牛王のごとし、よく勝つものなきがゆゑに。なほ象王のごと し、よく調伏するがゆゑに。獅子王のごとし、畏るるところなきがゆゑに。曠 きこと虚空のごとし、大慈、等しきがゆゑに。〔菩薩は〕嫉心を摧滅す、勝れる を忌まざるがゆゑに。もつぱら法を楽ひ求めて心厭足なし。つねに広説を欲ひ て、志疲倦なし。法鼓を撃ち、法幢を建て、慧日を曜かし、痴闇を除く。六 和敬を修してつねに法施を行ず。志勇精進にして心退弱せず。世の灯明となり て最勝の福田なり。つねに導師となり、等しくして憎愛なし。ただ正道を楽ひ て余の欣戚なし。もろもろの欲の刺を抜いてもつて群生を安んず。功・慧、殊 P--53 勝にして尊敬せられざることなし。三垢の障を滅し、もろもろの神通に遊ぶ。 因力・縁力・意力・願力・方便の力・常力・善力・定力・慧力・多聞の力、 施・戒・忍辱・精進・禅定・智慧の力、正念・正観・もろもろの通明の力、法 のごとくもろもろの衆生を調伏する力、かくのごときらの力、一切具足せり。 身色・相好・功徳・弁才を具足し荘厳して、ともに等しきものなし。無量の諸 仏を恭敬し供養したてまつりて、つねに諸仏のためにともに称歎せらる。菩薩 のもろもろの波羅蜜を究竟し、空・無相・無願三昧と、不生不滅〔等の〕もろ もろの三昧門を修して、声聞・縁覚の地を遠離す。阿難、かのもろもろの菩 薩、かくのごときの無量の功徳を成就せり。われただなんぢがために略してこ れを説くのみ。もし広く説かば百千万劫にも窮尽することあたはじ」と。 【31】 仏、弥勒菩薩ともろもろの天・人等に告げたまはく、「無量寿国の声 聞・菩薩の功徳・智慧は、称説すべからず。またその国土は、微妙安楽にして 清浄なることかくのごとし。なんぞつとめて善をなして、道の自然なるを念じ て、上下なく洞達して辺際なきことを著さざらん。よろしくおのおのつとめて 精進して、つとめてみづからこれを求むべし。かならず〔迷ひの世界を〕超絶 P--54 して去つることを得て安養国に往生して、横に五悪趣を截り、悪趣自然に閉 ぢ、道に昇るに窮極なからん。〔安養国は〕往き易くして人なし。その国逆違せ ず、自然の牽くところなり。なんぞ世事を棄てて勤行して道徳を求めざらん。 極長の生を獲て、寿の楽しみ極まりあることなかるべし。しかるに世の人、薄 俗にしてともに不急の事を諍ふ。この劇悪極苦のなかにして、身の営務を勤め てもつてみづから給済す。尊となく卑となく、貧となく富となく、少長・男 女ともに銭財を憂ふ。有無同然にして憂思まさに等し。屏営として愁苦し、念 を累ね、慮りを積みて、〔欲〕心のために走り使はれて、安きときあることな し。田あれば田に憂へ、宅あれば宅に憂ふ。牛馬六畜・奴婢・銭財・衣食・什 物、またともにこれを憂ふ。思を重ね息を累みて憂念愁怖す。横に非常の水 火・盗賊・怨家・債主のために焚かれ漂され劫奪せられ、消散し磨滅せば、憂毒 &M010367;々として解くるときあることなし。憤りを心中に結びて、憂悩を離れず。 心堅く意固く、まさに縦捨することなし。あるいは摧砕によりて身亡び命終れ ば、これを棄捐して去るに、たれも随ふものなし。尊貴・豪富もまたこの患ひ あり。憂懼万端にして、勤苦することかくのごとし。もろもろの寒熱を結びて P--55 痛みとともに居す。貧窮・下劣のものは、困乏してつねに無けたり。田なけれ ば、また憂へて田あらんことを欲ふ。宅なければまた憂へて宅あらんことを欲 ふ。牛馬六畜・奴婢・銭財・衣食・什物なければまた憂へてこれあらんことを 欲ふ。たまたま一つあればまた一つ少け、これあればこれを少く。斉等にあら んと思ふ。たまたまつぶさにあらんと欲へば、すなはちまた糜散す。かくのご とく憂苦してまさにまた求索すれども、ときに得ることあたはず。思想するも 益なく、身心ともに労れて、坐起安からず、憂念あひ随ひて勤苦することかく のごとし。またもろもろの寒熱を結びて痛みとともに居す。あるときはこれに よつて身を終へ、命を夭ぼす。あへて善をなし道を行じて徳に進まず。寿終 り、身死してまさに独り遠く去るべし。趣向するところあれども、善悪の道よ く知るものなし。世間の人民にして、父子・兄弟・夫婦・家室・中外の親属、 まさにあひ敬愛してあひ憎嫉することなかるべし。有無あひ通じて、貪惜を得 ることなく、言色つねに和してあひ違戻することなかれ。あるときは心諍ひ て恚怒するところあり。今世の恨みの意は微しきあひ憎嫉すれども、後世には うたた劇しくして大きなる怨となるに至る。ゆゑはいかんとなれば、世間の事 P--56 たがひにあひ患害す。即時に急にあひ破すべからずといへども、しかも毒を含 み怒りを畜へて憤りを精神に結び、自然に剋識してあひ離るることを得ず。 みなまさに対生してたがひにあひ報復すべし。人、世間愛欲のなかにありて、 独り生れ独り死し、独り去り独り来る。行に当りて苦楽の地に至り趣く。身み づからこれを当くるに、代るものあることなし。善悪変化して、殃福処を異に し、あらかじめ厳しく待ちてまさに独り趣入すべし。遠く他所に到りぬればよ く見るものなし。善悪自然にして行を追うて生ずるところなり。窈々冥々と して別離久しく長し。道路同じからずして会ひ見ること期なし。はなはだ難 く、はなはだ難ければ、またあひ値ふことを得んや。なんぞ衆事を棄てざら ん。おのおの強健のときに曼びて、つとめて善を勤修し精進して度世を願ひ、 極長の生を得べし。いかんぞ道を求めざらん。いづくんぞすべからく、待つべ きところある。なにの楽をか欲するや。かくのごときの世人、善をなして善を 得、道をなして道を得ることを信ぜず。人死してさらに生じ、恵施して福を得 ることを信ぜず。善悪の事すべてこれを信ぜずして、これをしからずと謂うて つひに是することあることなし。ただこれによるがゆゑに、またみづからこれ P--57 を見る。たがひにあひ瞻視して先後同じくしかなり。うたたあひ承受するに父 の余せる教令をもつてす。先人・祖父もとより善をなさず、道徳を識らず、 身愚かに神闇く、心塞り意閉ぢて、死生の趣、善悪の道、みづから見るこ とあたはず、語るものあることなし。吉凶・禍福、競ひておのおのこれをなす に、ひとりも怪しむものなし。生死の常の道、うたたあひ嗣ぎて立つ。あるい は父、子に哭し、あるいは子、父に哭す。兄弟・夫婦たがひにあひ哭泣す。顛 倒上下することは、無常の根本なり。みなまさに過ぎ去るべく、つねに保つべ からず。〔道理を〕教語し開導すれどもこれを信ずるものは少なし。ここをもつ て生死流転し、休止することあることなし。かくのごときの人、矇冥抵突して 経法を信ぜず、心に遠き慮りなくして、おのおの意を快くせんと欲へり。 愛欲に痴惑せられて道徳を達らず、瞋怒に迷没し財・色を貪狼す。これによつ て道を得ず、まさに悪趣の苦に更り、生死窮まりやむことなかるべし。哀れな るかな、はなはだ傷むべし。あるときは室家の父子・兄弟・夫婦、ひとりは死 しひとりは生きて、たがひにあひ哀愍し、恩愛思慕して、憂念〔身心を〕結縛 す、心意痛着してたがひにあひ顧恋す。日を窮め歳を卒へて、解けやむこと P--58 あることなし。道徳を教語すれども心開明せず、恩好を思想して情欲を離れ ず。昏矇閉塞して愚惑に覆はれたり。深く思ひ、つらつら計り、心みづから端 正にして専精に道を行じて世事を決断することあたはず。便旋として竟りに至 る。年寿終りつきぬれば、道を得ることあたはず、いかんともすべきことな し。総猥&M011211;擾にしてみな愛欲を貪る。道に惑へるものは衆く、これを悟るもの は寡し。世間怱々として&M011167;頼すべきものなし。尊卑・上下・貧富・貴賤、勤苦 怱務しておのおの殺毒を懐く。悪気窈冥にしてために妄りに事を興す。天地に 違逆し、人心に従はず。自然の非悪、まづ随ひてこれに与し、ほしいままに所 為を聴してその罪の極まるを待つ。その寿いまだ尽きざるに、すなはちたちま ちにこれを奪ふ。悪道に下り入りて累世に勤苦す。そのなかに展転して数千億 劫も出づる期あることなし。痛みいふべからず、はなはだ哀愍すべし」と。 【32】 仏、弥勒菩薩ともろもろの天・人等に告げたまはく、「われいまなんぢ に世間の事を語る。人これをもつてのゆゑに坐まりて道を得ず。まさにつらつ ら思ひ計りて衆悪を遠離し、その善のものを択びてつとめてこれを行ずべし。愛 欲・栄華つねに保つべからず、みなまさに別離すべし。楽しむべきものなし。 P--59 仏の在世に曼びて、まさにつとめて精進すべし。それ至心に安楽国に生れんと願 ずることあるものは、智慧あきらかに達り、功徳殊勝なることを得べし。心の 所欲に随ひて、経戒を虧負して、人の後にあることを得ることなかれ。もし 疑の意ありて経を解らざるものは、つぶさに仏に問ひたてまつるべし。まさ にためにこれを説くべし」と。  弥勒菩薩、長跪してまうさく、「仏は威神尊重にして、説きたまふところ快 く善し。仏の経語を聴きて心に貫きてこれを思ふに、世人まことにしかなり。 仏ののたまふところのごとし。いま仏、慈愍して大道を顕示したまふに、耳目 開明にして長く度脱を得。仏の所説を聞きたてまつりて歓喜せざることなし。 諸天・人民・蠕動の類、みな慈恩を蒙りて憂苦を解脱す。仏語の教誡ははなは だ深くはなはだ善し。智慧あきらかに八方上下、去来今の事を見そなはして、 究暢せざることなし。いまわれ衆等、度脱を得ることを蒙るゆゑは、みな仏の 前世に求道のとき謙苦せしが致すところなり。恩徳あまねく〔衆生を〕覆ひて福 禄巍々たり。光明徹照して空を達ること極まりなし。〔人をして〕泥&M017421;に開入 せしめ、典攬を教授し、威制消化して十方を感動せしめたまふこと無窮無極な P--60 り。仏は法王たり、尊きこと衆聖に超えたまへり。あまねく一切の天・人の師 となりて、〔人々の〕心の所願に随ひてみな道を得しめたまふ。いま仏に値ひた てまつることを得、また無量寿仏の声を聞きて歓喜せざるものなし。心開明な ることを得たり」と。 【33】 仏、弥勒菩薩に告げたまはく、「なんぢがいへることは是なり。もし、 仏を慈敬することあらば、実に大善なりとす。天下に久々にしていましまた仏 まします。いまわれこの世において仏となりて、経法を演説し、道教を宣布し て、もろもろの疑網を断ち、愛欲の本を抜き、衆悪の源を杜ぐ。三界に遊歩 するに拘碍するところなし。典攬の智慧は衆道の要なり。綱維を執持して昭 然分明なり。五趣を開示していまだ度せざるものを度し、生死と泥&M017421;の道を決 正す。弥勒、まさに知るべし。なんぢ、無数劫よりこのかた菩薩の行を修して 衆生を度せんと欲するに、それすでに久遠なり。なんぢに従ひて道を得、泥 &M017421;に至るもの、はかり数ふべからず。なんぢおよび十方の諸天・人民・一切の 四衆、永劫よりこのかた五道に展転して、憂畏勤苦つぶさにいふべからず。乃 至、今世まで生死絶えず。仏とあひ値うて経法を聴受し、またまた無量寿仏を P--61 聞くことを得たり。快きかな、はなはだ善し。われ、なんぢを助けて喜ばし む。なんぢいままたみづから生・死・老・病の痛苦を厭ふべし。悪露不浄にし て楽しむべきものなし。よろしくみづから決断して身を端しく行を正しくし て、ますますもろもろの善をなし、おのれを修めて体を潔くし、心垢を洗除 し、言行忠信にして表裏相応すべし。人よくみづから度してうたたあひ拯済 し、精明に求願して善本を積累せよ。一世に勤苦すといへども須臾のあひだ なり、後に無量寿仏国に生れて快楽極まりなし。長く道徳と合明して永く生死 の根本を抜き、また貪・恚・愚痴の苦悩の患ひなく、寿一劫・百劫・千万億劫 ならんと欲へば、自在に意に随ひてみなこれを得べし。〔浄土は〕無為自然にし て泥&M017421;の道に次し。なんぢら、よろしくおのおの精進して心の所願を求むべ し。〔仏智を〕疑惑し中悔して、みづから過咎をなして、かの辺地の七宝の宮殿 に生れて、五百歳のうちにもろもろの厄を受くることを得ることなかれ」と。 弥勒、仏にまうしてまうさく、「仏の重誨を受けて専精に修学し、教のごとく 奉行して、あへて疑ふことあらじ」と。 【34】 仏、弥勒に告げたまはく、「なんぢらよくこの世にして、心を端しくし P--62 意を正しくして衆悪をなさざれば、はなはだ至徳なりとす。十方世界にもつと も倫匹なけん。ゆゑはいかん。諸仏の国土の天・人の類は、自然に善をなして 大きに悪をなさざれば、開化すべきこと易し。いまわれこの世間において仏に なりて五悪・五痛・五焼のなかに処すること、もつとも劇苦なりとす。群生を 教化して五悪を捨てしめ、五痛を去らしめ、五焼を離れしめ、その意を降化し て五善を持たしめて、その福徳・度世・長寿・泥&M017421;の道を獲しめん」と。仏の たまはく、「なんらか五悪、なんらか五痛、なんらか五焼なる。なんらか五悪 を消化して五善を持たしめて、その福徳・度世・長寿・泥&M017421;の道を獲しむる」 と。 【35】 仏のたまはく、「その一つの悪とは、諸天・人民・蠕動の類、衆悪をな さんと欲へり、みなしからざるはなし。強きものは弱きを伏し、うたたあひ剋 賊し、残害殺戮してたがひにあひ呑噬す。善を修することを知らず、悪逆無道 にして、後に殃罰を受けて、自然に〔悪道に〕趣向す。神明は記識して、犯せる ものを赦さず。ゆゑに貧窮・下賤・乞&M002504;・孤独・聾・盲・&M022359;&M022297;・愚痴・弊悪の ものありて、&M007558;・狂・不逮の属あるに至る。また尊貴・豪富・高才・明達なる P--63 ものあり。みな宿世に慈孝ありて、善を修し徳を積むの致すところによるな り。世に常道の王法の牢獄あれども、あへて畏れ慎まず。悪をなし罪に入りて その殃罰を受く。解脱を求望すれども免れ出づることを得がたし。世間に、こ の目前に見ることあり。寿終りて後世に〔受くるところの苦しみは〕もつとも深 く、もつとも劇し。その幽冥に入り、生を転じて身を受くること、たとへば王 法の痛苦極刑なるがごとし。ゆゑに自然に三塗無量の苦悩ありて、うたたその 身を貿へ、形を改め、〔六道輪廻して〕道を易へて、受くるところの寿命、ある いは長く、あるいは短し。魂神精識、自然にこれに趣く。まさに独り値ひ向か ひ、あひ従ひてともに生れて、たがひにあひ報復して絶えやむことあることな かるべし。殃悪いまだ尽きざれば、あひ離るることを得ず。そのなかに展転し て出づる期あることなく、解脱を得がたし。痛みいふべからず。天地のあひだ に自然にこれあり。即時ににはかに善悪の道に至るべからずといへども、かな らずまさにこれに帰すべし。これを一つの大悪・一つの痛・一つの焼とす。勤 苦かくのごとし。たとへば大火の人身を焚焼するがごとし。人よくなかにおい て一心に意を制し、身を端しくし、行ひを正しくして、独りもろもろの善をな P--64 して衆悪をなさざれば、身独り度脱して、その福徳・度世・上天・泥&M017421;の道を 獲ん。これを一つの大善とす」と。 【36】 仏のたまはく、「その二つの悪とは、世間の人民・父子・兄弟・室家・夫 婦、すべて義理なくして法度に順はず。奢婬・驕縦にしておのおの意を快く せんと欲へり。心に任せてみづからほしいままにたがひにあひ欺惑す。心口お のおの異にして、言念実なし。佞諂不忠にして、巧言諛媚なり。賢を嫉み善を 謗りて、怨枉に陥し入る。主上あきらかならずして、臣下を任用すれば、臣下 自在にして機偽多端なり。度を践みよく行ひてその形勢を知る。位にありて正 しからざれば、それがために欺かれ、みだりに忠良を損じて天心に当らず。 臣はその君を欺き、子はその父を欺く。兄弟・夫婦・中外・知識、たがひにあ ひ欺誑す。おのおの貪欲・瞋恚・愚痴を懐きて、みづからおのれを厚くせんと 欲ひ、多くあることを欲貪す。尊卑・上下、心ともに同じくしかなり。家を破 り身を亡ぼし、前後を顧みず、親属内外これによりて滅ぶ。あるときは室家・ 知識・郷党・市里・愚民・野人、うたたともに事に従ひてたがひにあひ利害 し、忿りて怨結をなす。富有なれども慳惜してあへて施与せず。宝を愛して貪 P--65 ること重く、心労し、身苦す。かくのごとくして、竟りに至りて恃怙するとこ ろなし。独り来り独り去り、ひとりも随ふものなけん。善悪・禍福、命を追ひ て生ずるところなり。あるいは楽処にあり、あるいは苦毒に入る。しかるのち に、いまし悔ゆともまさにまたなんぞ及ぶべき。世間の人民、心愚かにして智 少なし。善を見ては憎み謗りて、慕ひ及ばんことを思はず、ただ悪をなさんと 欲ひて、みだりに非法をなす。つねに盗心を懐きて他の利を&M010661;望す。消散し糜 尽してしかもまた求索す。邪心にして正しからざれば、人の色ることあらんこ とを懼る。あらかじめ思ひ計らずして、事に至りていまし悔ゆ。今世に現に王 法の牢獄あり。罪に随ひて趣向してその殃罰を受く。その前世に道徳を信ぜ ず、善本を修せざるによりていままた悪をなさば、天神、剋識してその名籍 を別つ。寿終り、神逝きて悪道に下り入る。ゆゑに自然に三塗の無量の苦悩 あり。そのなかに展転して世々に劫を累ねて出づる期あることなく、解脱を得 がたし。痛みいふべからず。これを二つの大悪・二つの痛・二つの焼とす。勤 苦かくのごとし。たとへば大火の人身を焚焼するがごとし。人よくなかにおい て一心に意を制し、身を端しくし、行ひを正しくして、独りもろもろの善をな P--66 して衆悪をなさざれば、身独り度脱して、その福徳・度世・上天・泥&M017421;の道を 獲ん。これを二つの大善とす」と。 【37】 仏のたまはく、「その三つの悪とは、世間の人民、あひ因り寄生してと もに天地のあひだに居す。処年寿命、よくいくばくなることなし。上に賢明・ 長者・尊貴・豪富あり。下に貧窮・廝賤・&M007558;劣・愚夫あり。なかに不善の人 ありてつねに邪悪を懐けり。ただ婬&M006135;を念ひて、煩ひ胸のうちに満ち、愛欲交 乱して坐起安からず。貪意守惜して、ただいたづらに得んことを欲ふ。細色 を眄&M023442;して邪態ほかにほしいままにす。自妻をば厭ひ憎みてひそかにみだりに 入出す。家財を費損して、事非法をなす。交結聚会して師を興してあひ伐つ。 攻め劫ひ殺戮して強奪すること不道なり。悪心ほかにありてみづから業を修せ ず。盗窃して趣かに得れば、欲繋して事をなす。恐熱迫&M011013;して妻子に帰給す。 心を恣にし、意を快くし、身を極めて楽しみをなす。あるいは親属におい て尊卑を避けず。家室・中外患ひてこれに苦しむ。またまた王法の禁令を畏れ ず。かくのごときの悪は人・鬼に著され、日月も照見し、神明も記識す。ゆゑ に自然に三塗の無量の苦悩あり。そのなかに展転して世々に劫を累ねて出づる P--67 期あることなく、解脱を得がたし。痛みいふべからず。これを三つの大悪・三 つの痛・三つの焼とす。勤苦かくのごとし。たとへば大火の人身を焚焼するが ごとし。人よくなかにおいて一心に意を制し、身を端し、行ひを正しくして、 独りもろもろの善をなして衆悪をなさざれば、身独り度脱してその福徳・度 世・上天・泥&M017421;の道を獲ん。これを三つの大善とす」と。 【38】 仏のたまはく、「その四つの悪とは、世間の人民、善を修せんと念はず、 うたたあひ教令してともに衆悪をなす。両舌・悪口・妄言・綺語、讒賊闘乱 す。善人を憎嫉し、賢明を敗壊して、傍らにして快喜す。二親に孝せず、師長 を軽慢し、朋友に信なくして、誠実を得がたし。尊貴自大にしておのれに道あ りと謂ひ、横に威勢を行じて人を侵易し、みづから知ることあたはず。悪を なして恥づることなし。みづから強健なるをもつて、人の敬難せんことを欲へ り。天地・神明・日月を畏れず、あへて善をなさず、降化すべきこと難し。み づからもつて偃&M001292;して、つねにしかるべしと謂ひ、憂懼するところなく、つね に驕慢を懐けり。かくのごときの衆悪、天神記識す。その前世にすこぶる福徳 をなせるによりて、小善扶接し営護してこれを助く。今世に悪をなして福徳 P--68 ことごとく滅しぬれば、もろもろの善鬼神、おのおのともにこれを離る。身独 り空しく立ちて、また依るところなし。寿命終りつきて諸悪の帰するところ自 然に迫促してともに趣きてこれに頓る。またその名籍、記して神明にあり。 殃咎牽引して、まさに往いて〔悪道に〕趣向すべし。罪報自然にして従ひて捨離 することなし。ただ前み行いて火&M040981;に入ることを得て、身心摧砕し精神痛苦 す。このときに当りて悔ゆともまたなんぞ及ばん。天道自然にして、蹉跌する ことを得ず。ゆゑに自然に三塗の無量の苦悩あり。そのなかに展転して、世々 に劫を累ねて出づる期あることなく、解脱を得がたし。痛みいふべからず。こ れを四つの大悪・四つの痛・四つの焼とす。勤苦かくのごとし。たとへば大火 の人身を焚焼するがごとし。人よくなかにおいて、一心に意を制し、身を端 し、行ひを正しくして、独りもろもろの善をなして衆悪をなさざれば、身独り 度脱して、その福徳・度世・上天・泥&M017421;の道を獲ん。これを四つの大善とす」 と。 【39】 仏のたまはく、「その五つの悪とは、世間の人民、徙倚懈惰にして、あ へて善をなし身を治め業を修せずして、家室・眷属、飢寒困苦す。父母、教誨 P--69 すれば、目を瞋らし怒りて&M035991;ふ。言令和らかならず。違戻し反逆すること、た とへば怨家のごとし。子なきにしかず。取与に節なくして、衆ともに患ひ厭 ふ。恩に負き義に違して報償の心あることなし。貧窮困乏にしてまた得ること あたはず。辜較縦奪してほしいままに遊散す。しばしばいたづらに得るに串ひ て、もつてみづから賑給す。酒に耽り、美きを嗜みて、飲食、度なし。心をほ しいままに蕩逸して魯扈牴突す。人の情を識らず、しひて抑制せんと欲ふ。人 の善あるを見て、憎嫉してこれを悪む。義なく礼なくして〔わが身を〕顧み難る ところなし。みづからもつて職当して諫暁すべからず。六親・眷属の所資の有 無、憂念することあたはず。父母の恩を惟はず、師友の義を存せず。心につね に悪を念ひ、口につねに悪をいひ、身につねに悪を行じて、かつて一善もな し。先聖・諸仏の経法を信ぜず、道を行じて度世を得べきことを信ぜず、死し てのちに神明さらに生ずることを信ぜず。善をなせば善を得、悪をなせば悪を 得ることを信ぜず。真人を殺し、衆僧を闘乱せんと欲ひ、父母・兄弟・眷属を 害せんと欲ふ。六親、憎悪してそれをして死せしめんと願ふ。かくのごときの 世人、心意ともにしかなり。愚痴矇昧にしてみづから智慧ありと以うて、生の P--70 従来するところ、死の趣向するところを知らず。仁ならず、順ならず、天地に 悪逆してそのなかにおいて僥倖を&M010661;望し、長生を求めんと欲すれども、か ならずまさに死に帰すべし。慈心をもつて教誨して、それをして善を念ぜし め、生死・善悪の趣、自然にこれあることを開示すれども、しかもあへてこれ を信ぜず。心を苦きてともに語れども、その人に益なし。心中閉塞して意開解 せず。大命まさに終らんとするに悔懼こもごも至る。あらかじめ善を修せずし て、窮まるに臨んでまさに悔ゆ。これを後に悔ゆともまさになんぞ及ばんや。 天地のあひだに五道〔の輪廻の道理〕、分明なり。恢廓窈窕として浩々茫々たり。 善悪報応し、禍福あひ承けて、身みづからこれに当る。たれも代るものなし。 数の自然なり。その所行に応じて、殃咎、命を追うて、縦捨を得ることなし。 善人は善を行じて、楽より楽に入り、明より明に入る。悪人は悪を行じて、苦 より苦に入り、冥より冥に入る。たれかよく知るものぞ、独り仏の知りたまふ のみ。教語開示すれども信用するものは少なし。生死休まず、悪道絶えず。か くのごときの世人、つぶさに〔述べ〕尽すべきこと難し。ゆゑに自然に三塗の無 量の苦悩あり。そのなかに展転して世々に劫を累ね、出づる期あることなく、 P--71 解脱を得がたし。痛みいふべからず。これを五つの大悪・五つの痛・五つの焼 とす。勤苦かくのごとし。たとへば大火の人身を焚焼するがごとし。人よくな かにおいて一心に意を制し、身を端し、念を正しくして、言行あひ副ひ、なす ところ誠を至し、語るところ語のごとく、心口転ぜずして、独りもろもろの善 をなして衆悪をなさざれば、身独り度脱して、その福徳・度世・上天・泥&M017421;の 道を獲ん。これを五つの大善とす」と。 【40】 仏、弥勒に告げたまはく、「われなんぢらに語りしごとく、この世の五 悪、勤苦かくのごとし。五痛・五焼、展転してあひ生ず。ただ衆悪をなして善 本を修せざれば、みなことごとく自然にもろもろの悪趣に入る。あるいはそれ 今世にまづ殃病を被りて、死を求むるに得ず。生を求むるに得ず。罪悪の招く ところ衆に示してこれを見せしむ。身死して行に随うて三悪道に入りて、苦毒 無量にしてみづからあひ&M019410;然す。その久しくして後に至りて〔再び人間界に生じ〕 ともに怨結をなし、小微より起りてつひに大悪となる。みな財色に貪着して施 恵することあたはざるによりてなり。痴欲に迫められて心に随うて思想す。 煩悩結縛して解けやむことあることなし。おのれを厚くし利を諍ひて省録する P--72 ところなし。富貴・栄華、時に当りて意を快くして忍辱することあたはず。 つとめて善を修せざれば、威勢いくばくもなくして、随ひてもつて磨滅す。身 とどまりて労苦す。久しくして後大きに劇し。天道、施張して自然に糺挙し、 綱紀の羅網、上下相応す。煢々&M010367;々として、まさにそのなかに入るべし。古今 にこれあり。痛ましきかな、傷むべし」と。仏、弥勒に語りたまはく、「世間 かくのごとし。仏みなこれを哀れみたまひて、威神力をもつて衆悪を摧滅して ことごとく善に就かしめたまふ。所思を棄捐し、経戒を奉持し、道法を受行し て違失するところなくは、つひに度世・泥&M017421;の道を得ん」と。仏のたまはく、 「なんぢいまの諸天・人民、および後世の人、仏の経語を得て、まさにつらつ らこれを思ひて、よくそのなかにおいて心を端しくして行ひを正しくすべし。 主上善をなして、その下を率化してうたたあひ勅令し、おのおのみづから端 しく守り、聖〔者〕を尊び、善〔人〕を敬ひ、仁慈博愛にして、仏語の教誨あへ て虧負することなかれ。まさに度世を求めて生死衆悪の本を抜断すべし。まさ に三塗の無量の憂畏苦痛の道を離るべし。なんぢらここにおいて広く徳本を植 ゑて、恩を布き恵を施して、道禁を犯すことなかれ。忍辱・精進・一心・智慧を P--73 もつてうたたあひ教化し、徳をなし善を立てよ。心を正しくし、意を正しくし て、斎戒清浄なること一日一夜すれば、無量寿国にありて善をなすこと百歳 せんに勝れたり。ゆゑはいかん。かの仏国土は無為自然にして、みな衆善を積 んで毛髪の悪もなければなり。ここにして善を修すること十日十夜すれば、 他方の諸仏国土にして善をなすこと千歳するに勝れたり。ゆゑはいかん。他方 の仏国は、善をなすものは多く悪をなすものは少なし。福徳自然にして造悪の 地なければなり。ただこのあひだのみ悪多くして、自然なることあることな し。勤苦して欲を求め、うたたあひ欺紿し、心労し形困しみて、苦を飲み毒を 食らふ。かくのごとく怱務して、いまだかつて寧息せず。われなんぢら天・人 の類を哀れみて、苦心に誨喩し、教へて善を修せしむ。器に随ひて開導し、経 法を授与するに承用せざることなし。意の所願にありてみな道を得しむ。仏の 遊履したまふところの国邑・丘聚、化を蒙らざるはなし。天下和順し日月清 明なり。風雨時をもつてし、災&M003041;起らず、国豊かに民安くして兵戈用ゐること なし。〔人民〕徳を崇め仁を興し、つとめて礼譲を修す」と。仏のたまはく、 「われなんぢら諸天・人民を哀愍すること、父母の子を念ふよりもはなはだ P--74 し。いまわれこの世間において仏となり、五悪を降化し、五痛を消除し、五焼 を絶滅して、善をもつて悪を攻め、生死の苦を抜いて五徳を獲しめ、無為の安 きに昇らしむ。われ世を去りてのち、経道やうやく滅し、人民諂偽にしてまた 衆悪をなし、五痛・五焼還りて前の法のごとく、久しくして後にうたた劇しか らんこと、ことごとく説くべからず。われただなんぢがために略してこれをい ふのみ」と。仏、弥勒に語りたまはく、「なんぢらおのおのよくこれを思ひ、 うたたあひ教誡し、仏の経法のごとくして犯すこと得ることなかれ」と。ここ において弥勒菩薩、合掌してまうさく、「仏の所説、はなはだ苦なり。世人 まことにしかなり。如来あまねく慈しみて哀愍し、ことごとく度脱せしめたま ふ。仏の重誨を受けてあへて違失せじ」と。 【41】 仏、阿難に告げたまはく、「なんぢ起ちてさらに衣服を整へ、合掌し恭 敬して無量寿仏を礼したてまつれ。十方国土の諸仏如来は、つねにともにかの 仏の無着・無碍なるを称揚し讃歎したまへばなり」と。ここにおいて阿難起ち て、衣服を整へ、身を正しくし、面を西にして、恭敬し合掌して、五体を地に 投げて、無量寿仏を礼したてまつりてまうさく、「世尊、願はくはかの仏・安 P--75 楽国土、およびもろもろの菩薩・声聞の大衆を見たてまつらん」と。この語を 説きをはるに、即時に無量寿仏は、大光明を放ちてあまねく一切諸仏の世界を 照らしたまふ。金剛囲山、須弥山王、大小の諸山、一切のあらゆるものみな同 じく一色なり。たとへば劫水の世界に弥満するに、そのなかの万物、沈没して 現れず、滉瀁浩汗としてただ大水をのみ見るがごとし。かの仏の光明もまたま たかくのごとし。声聞・菩薩の一切の光明、みなことごとく隠蔽して、ただ仏 光の明曜顕赫なるを見たてまつる。そのとき阿難、すなはち無量寿仏を見たて まつるに、威徳巍々として、須弥山王の高くして、一切のもろもろの世界の上 に出づるがごとし。相好〔より放つ〕光明の照曜せざることなし。この会の四 衆、一時にことごとく見たてまつる。かしこにしてこの土を見ること、またま たかくのごとし。 【42】 そのとき仏、阿難および慈氏菩薩(弥勒)に告げたまはく、「なんぢ、か の国を見るに、地より以上、浄居天に至るまで、そのなかのあらゆる微妙厳 浄なる自然のもの、ことごとく見るとせんや、いなや」と。阿難対へてまうさ く、「やや、しかなり、すでに見たてまつれり」と。「なんぢ、むしろまた無量 P--76 寿仏の大音、一切世界に宣布して、衆生を化したまふを聞くや、いなや」と。 阿難対へてまうさく、「やや、しかなり、すでに聞きたてまつれり」と。「か の国の人民、百千由旬の七宝の宮殿に乗じて障碍あることなく、あまねく十方 に至りて諸仏を供養するを、なんぢ、また見るや、いなや」と。対へてまうさ く、「すでに見たてまつれり」と。「かの国の人民に胎生のものあり。なんぢ、 また見るや、いなや」。対へてまうさく、「すでに見たてまつれり」と。「そ の胎生のものの処するところの宮殿は、あるいは百由旬、あるいは五百由旬な り。おのおのそのなかにしてもろもろの快楽を受くること&M010305;利天上のごとくに して、またみな自然なり」と。 【43】 そのときに慈氏菩薩(弥勒)、仏にまうしてまうさく、「世尊、なんの因、 なんの縁ありてか、かの国の人民、胎生・化生なる」と。仏、慈氏に告げたま はく、「もし衆生ありて、疑惑の心をもつてもろもろの功徳を修してかの国に 生れんと願はん。仏智・不思議智・不可称智・大乗広智・無等無倫最上勝智 を了らずして、この諸智において疑惑して信ぜず。しかるになほ罪福を信じ善 本を修習して、その国に生れんと願ふ。このもろもろの衆生、かの宮殿に生れ P--77 て寿五百歳、つねに仏を見たてまつらず、経法を聞かず、菩薩・声聞の聖衆を 見たてまつらず。このゆゑに、かの国土においてこれを胎生といふ。もし衆生 ありて、あきらかに仏智乃至勝智を信じ、もろもろの功徳をなして信心回向す れば、このもろもろの衆生、七宝の華中において自然に化生し、跏趺して坐 し、須臾のあひだに身相・光明・智慧・功徳、もろもろの菩薩のごとく具足し 成就せん。 【44】 また次に慈氏(弥勒)、他方仏国の諸大菩薩、発心して、無量寿仏を見た てまつり、〔無量寿仏〕およびもろもろの菩薩・声聞の衆を恭敬し供養せんと欲 はん。かの菩薩等、命終りて無量寿国に生ずることを得て、七宝の華の中にお いて自然に化生せん。弥勒、まさに知るべし。かの化生のものは智慧勝れたる がゆゑなり。その胎生のものはみな智慧なし。五百歳のなかにおいてつねに仏 を見たてまつらず、経法を聞かず、菩薩・もろもろの声聞の衆を見ず、仏を供 養するによしなし。菩薩の法式を知らず、功徳を修習することを得ず。まさに 知るべし、この人は宿世のとき、智慧あることなくして疑惑せしが致すところ なり」と。 P--78 【45】 仏、弥勒に告げたまはく、「たとへば、転輪聖王のごとき、別に七宝の 宮室ありて種々に荘厳し、床帳を張設し、もろもろの&M027888;旛を懸く、もしもろ もろの小王子ありて、罪を王に得れば、すなはちかの宮中に内れて、繋ぐに金 鎖をもつてす、飲食・衣服・床褥・華香・妓楽を供給せんこと、転輪王のごと くして乏少するところなけん。意においていかん。このもろもろの王子、むし ろかの処を楽ふや、いなや」と。対へてまうさく、「いななり。ただ種々に方 便して、もろもろの大力〔ある人〕を求めてみづから免れ出でんことを欲ふ」と。 仏、弥勒に告げたまはく、「このもろもろの衆生もまたまたかくのごとし。仏 智を疑惑せしをもつてのゆゑに、かの〔胎生の〕宮殿に生じて、刑罰乃至一念の 悪事もあることなし。ただ五百歳のうちにおいて三宝を見たてまつらず、〔諸 仏を〕供養してもろもろの善本を修することを得ず。これをもつて苦とす。余 の楽ありといへども、なほかの処を楽はず。もしこの衆生、その本の罪を識り て、深くみづから悔責して、かの処を離れんことを求めば、すなはち意のごと く、無量寿仏の所に往詣して恭敬し供養することを得、またあまねく無量無数 の諸余の仏の所に至りて、もろもろの功徳を修することを得ん。弥勒、まさに P--79 知るべし。それ菩薩ありて疑惑を生ずるものは、大利を失すとす。このゆゑ に、まさにあきらかに諸仏無上の智慧を信ずべし」と。 【46】 弥勒菩薩、仏にまうしてまうさく、「世尊、この世界において、いくば くの不退の菩薩ありてか、かの仏国に生ぜん」と。仏、弥勒に告げたまはく、 「この世界において六十七億の不退の菩薩ありて、かの国に往生せん。一々の 菩薩は、すでにかつて無数の諸仏を供養せること、次いで弥勒のごときものな り。もろもろの小行の菩薩および少功徳を修習せんもの、称計すべからず。 みなまさに往生すべし」と。仏、弥勒に告げたまはく、「ただわが刹のもろも ろの菩薩等のみかの国に往生するにあらず、他方の仏土〔の菩薩等〕も、またま たかくのごとし。その第一の仏を名づけて遠照といふ。かしこに百八十億の 菩薩あり、みなまさに往生すべし。その第二の仏を名づけて宝蔵といふ。かし こに九十億の菩薩あり、みなまさに往生すべし。その第三の仏を名づけて無量 音といふ。かしこに二百二十億の菩薩あり、みなまさに往生すべし。その第四 の仏を名づけて甘露味といふ。かしこに二百五十億の菩薩あり、みなまさに往 生すべし。その第五の仏を名づけて龍勝といふ。かしこに十四億の菩薩あり、 P--80 みなまさに往生すべし。その第六の仏を名づけて勝力といふ。かしこに万四千 の菩薩あり、みなまさに往生すべし。その第七の仏を名づけて師子といふ。か しこに五百億の菩薩あり、みなまさに往生すべし。その第八の仏を名づけて離 垢光といふ。かしこに八十億の菩薩あり、みなまさに往生すべし。その第九の 仏を名づけて徳首といふ。かしこに六十億の菩薩あり、みなまさに往生すべ し。その第十の仏を名づけて妙徳山といふ。かしこに六十億の菩薩あり、みな まさに往生すべし。その第十一の仏を名づけて、人王といふ。かしこに十億の 菩薩あり、みなまさに往生すべし。その第十二の仏を名づけて無上華といふ。 かしこに無数不可称計のもろもろの菩薩衆あり、みな不退転にして智慧勇猛な り。すでにかつて無量の諸仏を供養したてまつりて、七日のうちにおいてすな はちよく百千億劫に大士の修するところの堅固の法を摂取す。これらの菩薩み なまさに往生すべし。その第十三の仏を名づけて無畏といふ。かしこに七百九 十億の大菩薩衆、もろもろの小菩薩および比丘等の称計すべからざるあり、み なまさに往生すべし」と。仏、弥勒に語りたまはく、「ただこの十四仏国のな かのもろもろの菩薩等のみまさに往生すべきにあらざるなり。十方世界無量の P--81 仏国より、その往生するものまたまたかくのごとし、はなはだ多くして無数な り。われただ十方諸仏の名号と、および〔それらの仏国の〕菩薩・比丘のかの国 に生ずるものを説かんに、昼夜一劫すともなほいまだ竟ることあたはじ。われ いまなんぢがために略してこれを説くのみ」と。 #3流通分 【47】 仏、弥勒に語りたまはく、「それかの仏の名号を聞くことを得て、歓喜 踊躍して乃至一念せんことあらん。まさに知るべし、この人は大利を得とす。 すなはちこれ無上の功徳を具足するなりと。このゆゑに弥勒、たとひ大火あり て三千大千世界に充満すとも、かならずまさにこれを過ぎて、この経法を聞き て歓喜信楽し、受持読誦して説のごとく修行すべし。ゆゑはいかん。多く菩薩 ありてこの経を聞かんと欲すれども、得ることあたはざればなり。もし衆生あ りてこの経を聞くものは、無上道においてつひに退転せず。このゆゑにまさに 専心に信受し、持誦し、説行すべし」と。仏のたまはく、「われいまもろもろの 衆生のためにこの経法を説きて、無量寿仏およびその国土の一切の所有を見せ しむ。まさになすべきところのものは、みなこれを〔尋ね〕求むべし。わが滅 度ののちをもつてまた疑惑を生ずることを得ることなかれ。当来の世に経道 P--82 滅尽せんに、われ慈悲をもつて哀愍して、特にこの経を留めて止住すること百 歳せん。それ衆生ありてこの経に値ふものは、意の所願に随ひてみな得度すべ し」と。仏、弥勒に語りたまはく、「如来の興世に値ひがたく、見たてまつる こと難し。諸仏の経道、得がたく聞きがたし。菩薩の勝法・諸波羅蜜、聞くこ とを得ることまた難し。善知識に遇ひ、法を聞き、よく行ずること、これまた 難しとす。もしこの経を聞きて信楽受持することは、難のなかの難、これに過 ぎたる難はなけん。このゆゑにわが法はかくのごとくなし、かくのごとく説き、 かくのごとく教ふ。まさに信順して法のごとく修行すべし」と。 【48】 そのときに世尊、この経法を説きたまふに、無量の衆生、みな無上正 覚の心を発しき。万二千那由他の人、清浄法眼を得、二十二億の諸天・人民、 阿那含果を得、八十万の比丘、漏尽意解し、四十億の菩薩、不退転を得、弘誓 の功徳をもつてみづから荘厳し、将来の世においてまさに正覚を成るべし。そ のときに三千大千世界、六種に震動し、大光あまねく十方国土を照らす。百千 の音楽、自然にしてなし、無量の妙華、紛々として降る。仏、経を説きたまふ こと已りて、弥勒菩薩および十方より来れるもろもろの菩薩衆・長老阿難、も P--83 ろもろの大声聞・一切の大衆、仏の所説を聞きたてまつりて、歓喜せざるはな し。 仏説無量寿経 巻下 P--84